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福島正則の家来たち
日期:2015-10-24 14:00  点击:390
 福島正則は、まだ木下藤吉郎だったころの豊臣秀吉に仕え、賤ケ岳七本槍の一人として名を馳せました。しかし、秀吉亡き後は徳川家康の麾下に入り、関ヶ原の合戦では先鋒を務めるほどの大活躍、その功によって安芸50万石の大封を与えられました。
 
 そのお礼言上に参上したとき、正則の重臣である福島丹波・尾関石見・長尾隼人の三名も同席を許されました。ところが、福島丹波は片足が不自由で、尾関石見は唇の上部が裂け、長尾隼人は片目が潰れていました。そんな三人が勢揃いしたのを見て、家康の近習の何人かが忍び笑いをしました。謁見が終わって正則らが退出すると、家康は烈火の如く怒り出しました。
 
「お前たちは何を笑うか。あの三人は戦場で命を懸けて戦ったからこそ、あのような姿になったのだ。三人ともそれを恥とも思わず、勲功の証を示すように堂々としていたではないか。お前たちも見習え!」
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