屋敷の主人は、お坊さんの身なりを見て、
「明日はめでたい正月だ、きたない者に貸す部屋はないわい! 出て行け!」
金持ちの屋敷を追われたお坊さんは、今度はとなりのあばら家に声をかけました。
すると、あばら屋にすんでいるおじいさんが言いました。
「わたしたちは貧乏(びんぼう)で、年越しの食ベ物は何もありません。あたたかい火だけがごちそうの『火正月(かしょうがつ)』でよかったら、どうぞ入ってください」
いろりには、あたたかそうな火が燃えていました。
お坊さんは、家にあがりこむと、
「食べ物なら、心配はいらん」
と、いって、背おっていた袋から何やら取り出して、お湯のわきたつなべの中に入れました。
すると、グツグツグツと、香ばしい香りがします。
なべのふたを取ると、おいしそうなぞうすいが、なべいっぱいに煮(に)えていたのです。
その夜、おじいさんたちは、久しぶりにいい年越しができました。
お正月の朝、お坊さんは、わらじをはきながら、
「お礼をしたいが、何か欲しい物があるかね」
と、二人に聞くと、
「何もいりませんよ。ただ、できることならむかしの十七、八に若返りたいものですね」
「おう、そうか、そうか。なら、わしがたったあと、井戸(いど)の若水(わかみず→元日の朝に初めてくむ水)をわかして、あびなさい」
二人がお坊さんにいわれたとおりにすると、不思議なことに、おじいさんとおばあさんは、十七、八才の青年と乙女に若返ったのです。
その話を聞いた金持ちは、遠くまでいっていたお坊さんを追いかけていって、
「お待ち下さい。こちらに、よい部屋があります。ごちそうもあります。上等のふとんもあります。ささっ、どうぞ、どうぞ」
と、むりやり屋敷に連れ込むと、お坊さんに寝る時間も与えずに、
「わしらも、若返らせてください!」
と、手を合わせました。
お坊さんは、眠い目をこすりながら、
「みんな勝手に湯をわかして、あびろ!」
その声を待っていたとばかりに、家中の者がわれ先にと、お風呂に入りました。
すると、みんな若返るどころか、全身が毛だらけのサルになってしまったのです。
「ウキー!」
サルになった屋敷のみんなは、山に走っていってしまいました。
そこでお坊さんは、若返った二人を屋敷に呼び寄せて、
「サルたちには、この家は無用(むよう→必要ないこと)じゃ。今日からは、お前たちが住むがよい」
と、いって、また旅立っていったのです。
その日から、二人は金持ちの屋敷で暮らすようになりましたが、困ったことに、屋敷には毎日のようにサルが入り込んできて、
「わしの家、返せ! キッ、キッ、キー!」
と、さわぐのです。
人のよい夫婦は、サルが屋敷の元の持ち主であるだけに、気の毒やら、気持ち悪いやらで、夜もおちおちねむれませんでした。
そんなある夜、二人の夢まくらに、あのお坊さんが現れて、こう教えてくれました。
「サルが座る庭石を、熱く焼いておきなされ」
そして次の日。
そうとは知らないサルが、いつものように庭石にペタンとおしりをおろすと、
「・・・ウキー! キッキー!」
おしりをやけどして、山へ逃げていってしまいました。
それからです、おサルのおしりが赤くなったのは。
そして、若返った心のやさしいおじいさんとおばあさんは、大きな屋敷でだれにも気がねしないで、末長く、しあわせに暮らしたという事です。