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日期:2017-07-31 18:38  点击:619
 「学び」のプロセスは、何らかの感情の動きを伴っている。たとえば、新しい事態を以前の「知識」で理解できないでいたときに誰かから説明を受け、なるほどそうだったのかと納得し、それを取り込んで新しい「知識」を自分の中につくるとき、その人は小さな感動という感情を体験するはずだ。自分で調べて発見して納得し、新しい「知識」を自前でつくりあげるときも、感情の大きな動きを体験する。「やったぁー!」というのに似た感情だ。だから「学び」というのは、静的で冷たい心の動きではなく、動的で情的な、人間にとってとてもうれしい営みになるはずだ。
 こう考えると、私たちは日常、絶えず「学び」を経験していることがわかる。ただ、「学び」にはある種の感動が伴うものであるということを踏まえると、「学び」にも浅い深いがあると考えたほうが適切だろう。「学び」が深いほど感動が大きい。あるいは、「学び」が深ければ深いほど、心身に新しいものが付け加わる度合いが大きく、行動までもがそれによって変化することがある、ということもある。
(汐見稔幸「「学び」の場はどこにあるのか」より)
 
1、筆者の考える「学び」についての考え方と合っていないのはどれか。
①「学び」には深い学びと浅い学びがある。
②受験のための勉強は「学び」ではない。
③「学び」は感動を伴うものである。
④「学び」は人の行動を変えることもある。
 
2、筆者はどのようなときに、「深い学び」が行われると考えているか。
①書物を通して、新しい知識を得たとき。
②人から説明を受けて、何かを理解したとき。
③日常生活を通して、そこから教訓を学んだとき。
④自分で調べて、何かを発見して納得したとき。
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