障害とは何なのか、と考え続けてお母さんなりにわかったことがありました。見えない、聞こえないなどは確かに不便ではありますが不幸というわけではないでしょう。意識的に人を害する言動をするほど重い障害はないのです。目には見えない心から生まれてくるので、本当の障害は見えないものだったのです。…この意味では、朗子よりお母さんの方がずっと重い障害者なのです。これを語ってから、もう朗子はお母さんにとって障害者ではなくなりました。朗子を侮ったり、共に行動するのを嫌う人たちがいる場合にのみ、朗子は障害者となるのだ、と思っています。
この頃はニュースを聞くたび酸素が薄くなっていくように苦しくなるんですけどね、世界が競争で動いているためではないでしょうか?競争は人と人、国と国の間に勝者と敗者、優劣を作り育ててゆかずにはおきません。もし世界が協調で動いてゆくなら…厳しい競争が緩和されて全員にとって生きやすい社会になる事でしょう。お母さんはその日がくるのを夢見ているんですけどね。
今まで周囲にいた人たちにずいぶんと助けられてきました。人は優しいものなんだ、と思って感謝しています。そして誰よりも、お母さんは朗子に感謝をしているんですよ。朗子の笑顔が大好きで、一日でも長く笑顔を見ていたいと願っています。傍にいてくれて、ありがとう。本当に本当に、ありがとう!