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泥棒物語21
日期:2018-09-06 11:49  点击:316
 幸運・不運
 
 たった一日。——そう、一日だけのことなのだ。
 京子は、自分へそう言いきかせていた。
 浅倉の帰りが、一日遅《おそ》かったと思えば……。そんなのは、珍《めずら》しくも何ともないことだ。
 「——何を考えてるんです?」
 と、浅倉が訊《き》いた。
 京子はふっと我《われ》に返った。
 「あ、いえ——別に」
 レストランの中は、静かだった。ピアノのメロディーが、かすかに流れている。
 少し薄《うす》暗《ぐら》い照明が、余《よ》計《けい》に静けさを感じさせた。
 来てしまった。——京子は、心の中で呟《つぶや》いた。もう何十回目かの呟《つぶや》きだった。
 どうして来てしまったのだろう?
 決して会わないと、言ったのに。明美にもそう言ったのに。
 明美は、気が付いているだろうか?
 そう。——たぶん分っている。あの子は、ドライなようで、勘《かん》は鋭《するど》いのだ。
 傷《きず》つきやすい若《わか》さを、ドライなポーズで守っている。
 後ろめたい思いは、消えなかった。明美に対しても、エミに対しても。そして、自分自身に対しても。
 しかし、ここまで来た以上、引き返すわけにいかないということも、よく分っていた……。
 「エミのことですね」
 と、浅倉が言った。
 「ええ」
 京子は肯《うなず》いた。「明日《あした》、すぐに行ってあげて下さいね」
 「もちろんです。一《いつ》緒《しよ》に行ってやって下さい。エミも喜びます」
 京子は、答えずに微《ほほ》笑《え》んだ。
 今夜、浅倉と一夜を過《すご》して、明日、エミの前に顔を出せるだろうか?
 京子にも、それは分らなかった。
 浅倉の乗った飛行機が事《じ》故《こ》にあったかもしれない。——あのニュースが、京子の心を決めさせた。
 自分でも意外なほど、京子は動《どう》揺《よう》したのである。
 それだけ、寂《さび》しかったのだろうか? そうかもしれない。
 長い間、たった独《ひと》りで生活して来て、孤《こ》独《どく》にはすっかり慣れたつもりでいたが、そうでもなかったようだ。
 ——二人は、時間をかけて食事を終えた。
 心はせいているのに、わざわざゆっくりと食事をしていたような気がする。
 「行きましょうか」
 「ええ」
 「落ちつける所を捜《さが》してあります」
 と、浅倉は、立ち上って、京子を促《うなが》した。
 もう、ここまで来て、ためらうわけにはいかない。京子は、エミのことも、明美のことも、心の奥《おく》へしまい込《こ》んで、蓋《ふた》を閉《と》じた。
 浅倉は、郊《こう》外《がい》まで車を飛ばして、閑《かん》静《せい》な林の中の日本旅館へと京子を連れて行った。
 京子としては、浅倉のその気のつかいようが嬉《うれ》しかった。もし、都心のラブホテルにでも連れて行かれたら、惨《みじ》めな気持になったろう。
 若《わか》い恋《こい》人《びと》たちというならともかく、人目を忍《しの》んでの、道ならぬ恋なのだ。都会の喧《けん》噪《そう》から離《はな》れて、別世界のような静けさの中で、やっと心も体も休まるというものである。
 ——清《せい》潔《けつ》で広い和室で落ちつくと、二人は順番に風《ふ》呂《ろ》へ入って、浴衣《ゆかた》に替《か》えた。
 ほんの少し、ビールなど飲んで、隣《となり》の部屋には、もう床《とこ》が敷《し》かれている……。
 まるで、映画か小説の中のようだわ、と京子は思った。——大人《おとな》の恋。
 大人の恋、か……。
 そう、私《わたし》たちは二人とも大人なんだ。見っともなく、すがりついたり、喚《わめ》いたりはしない。
 少し落ちつくと、もう夜、十二時に近くなっていた。
 「——時差のせいかな。変なときに眠《ねむ》くなりますよ」
 と、浅倉は笑《わら》った。
 「じゃ、今は?」
 「あなたが目の前にいては、眠くなるわけがありません」
 「まあ、お上《じよう》手《ず》ね」
 と、京子は笑った。
 浅倉は、ビールのコップを置いた。
 「行きますか」
 「はい」
 京子は肯《うなず》いた。
 二人は、立ち上ると、隣《となり》の部屋へ行った。浅倉が京子を抱《だ》きしめると、そのまま京子は体中の力を抜《ぬ》いて、身を委《ゆだ》ねた……。
 
 塚《つか》原《はら》は、ぼんやりと家の中に座《すわ》っていた。
 どれくらい時間がたったのだろう?
 啓子が、機《き》嫌《げん》を直して戻《もど》って来るかもしれない。——塚原はそう思っていた。
 ちょっと考えれば、啓子だって、あれほどの仕《し》度《たく》をして出て行ったのだ。意地でもやすやすとは帰って来ないことぐらい、分りそうなものだが、ともかく、塚原としては、啓子が出て行ったということ自体が、信じられずにいたのだ。
 塚原は、若《わか》いころから、一人で暮《くら》したという経《けい》験《けん》がない。こうして取り残されてしまうと、どうしていいのか分らないのである。
 「啓子……」
 塚原はポツリと呟《つぶや》いた。
 今さらのように、自分がどんなに啓子に頼《たよ》り切って生活していたか、思い知らされた。その啓子を、俺《おれ》は裏《うら》切《ぎ》っていたのだ……。
 玄《げん》関《かん》のチャイムが鳴って、塚原は飛び上った。
 「啓子!」
 と大声で叫《さけ》んで、玄関へと駆《か》けつけた。
 塚原は、啓子が帰って来たのだとばかり思っていたから、ためらいもせずに、パッとドアを開けた。
 「——やあ」
 塚原は、目の前に立っている津《つ》村《むら》に、しばらくしてから、声をかけた。
 「すみません。突《とつ》然《ぜん》お邪《じや》魔《ま》して」
 と、津村は言った。
 「いや……構《かま》わないよ。入ってくれ」
 塚原は、津村を中へ入れた。
 そうか。考えてみれば、これがもし啓子なら、玄《げん》関《かん》は鍵《かぎ》などかかっていなかったのだから、勝手に入って来ただろう。
 「——夜分、すみません」
 津村はソファに、ちょっと疲《つか》れた様子で腰《こし》をおろした。
 「いや、いいんだ。どうした?」
 と、塚原は訊《き》いた。
 「はあ、実は、——」
 と、言いかけて、津村は、「奥《おく》様《さま》はいらっしゃらないんですか?」
 「う、うん」
 塚原はあわてて、「ちょっとね——その——親類の所へ急な用事で出かけてるんだ」
 「そうですか。いえ、その方が、僕《ぼく》はありがたいんです」
 津村は、いやにくたびれているように見えた。
 「どうした? 元気ないじゃないか」
 塚原だって、そんなことを言えた柄《がら》ではないのだが。
 「ええ。——参りました」
 津村は、深々と息をついた。
 「何か——例の件《けん》で、まずいことでもあったのかね」
 「いや……。それが関係あるとは思えないんですが」
 と、津村は首を振《ふ》る。
 「それじゃ……」
 「実は、華子に男がいるらしいんです」
 「何だって?」
 塚原の声が、思わず大きくなったのも当然と言えるだろう。
 「本人にはまだ問《と》い詰《つ》めたわけじゃないんです」
 と、津村は言った。「訊《き》くのが怖《こわ》くて。——だらしのない話ですがね」
 苦《く》笑《しよう》する津村を、塚原はじっと見つめていた。
 「相手は分ってるのかい?」
 「いいえ。——しかし、誰《だれ》かいるのは確《たし》かなんです。まさか、あいつが浮《うわ》気《き》するなんてね……」
 「それは——大変だなあ」
 と、塚原は言った。
 他《ほか》に言いようがないのだ。
 「どうしたもんでしょうね、塚原さん」
 と、津村は訊いた。「こんなときは、一気にワッと喧《けん》嘩《か》した方がいいんでしょうか?」
 塚原にも答えられない質《しつ》問《もん》だった。
 
 明美は、どうせ京子も帰らないのだし、と、のんびりパーラーで甘《あま》いものなど食べて、アパートへと戻《もど》って行った。
 途《と》中《ちゆう》、もちろん時間は早いので、結《けつ》構《こう》人通りもある。明美は口《くち》笛《ぶえ》など吹《ふ》きながら、歩いていた。
 アパートの手前、ちょっと通りから外《はず》れた薄《うす》暗《ぐら》い道へ入る。といっても、ほんの十メートルほどの距《きよ》離《り》なのだ。
 その細い道に、ライトバンが一台停《とま》っていた。
 「邪《じや》魔《ま》だなあ」
 と、明美は呟《つぶや》いた。
 車の中は、暗くて、人もいないらしい。
 仕方なく、明美はライトバンのわきを、すり抜《ぬ》けるようにして歩いて行った。
 突《とつ》然《ぜん》、前に人《ひと》影《かげ》が立った。明美はギョッとして立ちすくんだ。
 同時に、背《はい》後《ご》から、抱《だ》きつかれる。
 「キャッ!」
 と、明美は声を上げた。
 口を、布《ぬの》でふさがれた。前にいた男が、明美の両足をかかえ上げた。
 恐《きよう》怖《ふ》を覚えて、明美は身をよじった。暴《あば》れようとした。
 しかし、ガッチリと押《おさ》え込《こ》まれた手足は、動くに動かせない。
 「急げ!」
 と、声がした。
 どうやら、もう一人いるらしい。ライトバンの後ろの扉《とびら》が開いた。
 「中へかつぎ込め!」
 明美は、そのまま、車の中へとかかえ込まれた。
 「おとなしくしろ!」
 男の声がして、同時に、明美の目の前に、銀色に光るナイフが突《つ》きつけられる。
 明美も、さすがに血の気がひいた。
 「——いいか。騒《さわ》ぐと、ただじゃ済《す》まねえからな」
 男はナイフの刃《は》の先を明美の頬《ほお》に軽く当てた。「分ったか?」
 明美は、ちょっと肯《うなず》いて見せた。
 この男たちは何だろう? どうしようというんだろう?
 「OK。しっかり押えとけよ。俺《おれ》が運転するからな」
 一人が、運《うん》転《てん》席《せき》へ移る。
 残る二人が、しっかりと明美を床《ゆか》へ押《お》しつけるようにしているので、全く身動きはできなかった。
 車がブルル、と揺《ゆ》れて動き出した。
 「——ここは一方通行なんだな。よし、バックしよう」
 車が動き出した。
 しかし、運転する方も焦《あせ》っていたらしい。曲り角から後《こう》尾《び》がぐっと出たところへ、自転車がぶつかった。
 ガチャン、と派《は》手《で》な音がした。
 「畜《ちく》生《しよう》!」
 運転していた男が舌《した》打《う》ちした。
 「構《かま》わねえ! 行っちまえ!」
 と、ナイフを持った男が言った。
 だが、天は明美の味方だった。
 「おい! 降《お》りろ!」
 と、怒《ど》鳴《な》って、運《うん》転《てん》席《せき》の窓《まど》の所へ顔を出したのは——警《けい》官《かん》だったのである。
 「逃《に》げろ!」
 と、運転席の男が叫《さけ》んだ。
 ライトバンの後ろの扉《とびら》を開けて、残る二人が飛び出す。
 「待て! おい、待て!」
 警官も、突《とつ》然《ぜん》のことで、ちょっと呆《あつ》気《け》に取られていたが、あわてて三人の後を追いかけて行った……。
 
 「塚原さんも……」
 津村は、信じられない様子で、「本当に浮《うわ》気《き》してたんですか?」
 「うん。お恥《は》ずかしい」
 と、塚原は言った。「この年齢《とし》をして、若《わか》い女の子とね」
 「南千代子君か。——そうですか」
 「君の耳には入ってないか?」
 「ええ。女子社員の間だけなんでしょうね、きっと」
 「参ったよ!」
 塚原は、周囲を見回して、
 「女《によう》房《ぼう》に出て行かれて、途《と》方《ほう》にくれてたところだ」
 「驚《おどろ》いたなあ。塚原さんは、そんなことには縁《えん》のない人だと思ってたのに」
 「僕《ぼく》は意《い》志《し》の弱い男なのさ」
 と、塚原は笑《わら》った。
 「でも……どうしたもんでしょうね」
 「うん」
 二人とも、考え込《こ》んでしまった。
 もちろん、塚原も、津村も、こうして考え込んでいるだけでは、何も解《かい》決《けつ》しないのは分っているのだが、といって、どうしていいのか分らないのである。
 「——ともかく」
 と、塚原は言った。「焦《あせ》って解決しようとしてもだめだ、ってことだ」
 「そうですね」
 「僕《ぼく》は、まず南千代子と別れる。それから時間をかけて、女《によう》房《ぼう》が戻《もど》って来るように、努力するさ」
 「僕の方も……華子の奴《やつ》と、ゆっくり話し合えるように雰《ふん》囲《い》気《き》を作りますよ」
 「それもいいな」
 ——少しして、二人は、ちょっと笑《わら》った。
 「どうも男どもはだらしがないな」
 と、塚原は言った。
 「そうですね。浦《うら》田《た》さんだけかな、しっかりしてるのは」
 「うん。——そうだ、浦田君へ電話してみよう」
 塚原は、電話の方へと歩いて行った。
 塚原は、浦田京子のアパートへ、電話を入れた。
 何となく、京子に相談してみたいという気になっていたのである。
 しばらく、電話は鳴り続けた。
 「——留《る》守《す》かな」
 と、塚原が受《じゆ》話《わ》器《き》を置きかけたとき、向うが出た。
 「はい、浦田です」
 が、京子の声ではない。
 「あの——塚原ですが」
 「あ、お父さん!」
 塚原は、仰《ぎよう》天《てん》した。
 「明美! お前——」
 「お父さん……」
 しばし、沈《ちん》黙《もく》があった。
 「明美、そこにいたのか、ずっと?」
 「そんなに長くないわよ」
 「しかし——浦田君は何も言わなかった」
 「私《わたし》が、黙《だま》っててくれって頼《たの》んだのよ」
 「そうか……。元気なのか?」
 「うん」
 「それで——お前、一人か?」
 「そうよ」
 明美は、ちょっと笑《わら》って、「駈《か》け落ちは嘘《うそ》なのよ」
 「何だ、そうか……」
 塚原はホッと息をついた。
 「ねえ、お母《かあ》さんは?」
 「うん、それが——」
 「寝《ね》込《こ》んじゃったの?」
 「いや。家出した」
 明美もさすがに絶《ぜつ》句《く》した。
 話を聞いて、明美は、
 「自《じ》業《ごう》自《じ》得《とく》よ」
 と言った。
 「うん、分ってる」
 「でも、いいわ。——帰ってあげる」
 「本当か?」
 「お父さん、飢《う》え死にしちゃうでしょ、一人じゃ」
 「すまんな」
 「お母さんのことは、明日《あした》にでも心当りを捜《さが》してみましょうよ。きっと、戻《もど》って来ると思うけど」
 「そうかな」
 「そうよ。——お父さんの後《こう》悔《かい》の度《ど》合《あい》にもよるけど」
 「これ以上後悔できないくらいだよ」
 明美は笑《わら》って、
 「そこがお父さんらしいとこね」
 と言った。「でも——ねえ、迎《むか》えに来てくれる。私《わたし》、さっき襲《おそ》われかけたの」
 「何だと?」
 「私のこと、浦田さんと間《ま》違《ちが》えたのかもね。だから——」
 「鍵《かぎ》をかけてじっとしてろ! すぐ行くからな!」
 塚原は、受《じゆ》話《わ》器《き》に向って怒《ど》鳴《な》った。
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