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日本史の叛逆者65
日期:2019-05-24 23:08  点击:287
 峠まで戻ると、虫麻呂がどこからともなく現われた。
「どうなさったのです、心配致しましたぞ」
 珍しく、なじるような響きがあった。
「すまん、よんどころない用事が出来てな」
「何か起こったのではないかと——」
「もう言うな。——それより、古人大兄様の様子はどうだった」
「はい、わずかな供を連れ、仏道修行に励まれております。討つのは極めて容易かと」
「仏道修行か——」
 漢殿はつぶやくように言った。
 その仏道修行に励む者を討たねばならない。
「行くぞ」
 漢殿は馬に一鞭あてた。
 虫麻呂は地を疾風のように走った。
 吉野には夜に着く。
(早く片付けるか)
 漢殿はそればかりを考えていた。
 吉野の宮滝の奥に、古人大兄の仮住いがあった。
 見張りの者など一人もいない。
「こちらです」
 虫麻呂は、まるで自分の庭を案内するように、漢殿を導いた。
 母屋から離れたところに、小さなお堂があった。
 息をひそめて近付き、窓の中をのぞくと、青々と頭を刈りたてた僧が、仏像を拝んでいた。
 つぶやくような読経の声がした。
 古人大兄である。
 漢殿はまた嫌になった。
 この男はもう無害だ。しかし、やらねばならぬ。
「見張っていろ」
 漢殿は虫麻呂に命じると、堂内に入った。
 人の気配に気付いた古人大兄は振り返った。そして、漢殿に気が付くと、顔を蒼白にして後ずさりした。
「ひいーっ」
 悲鳴があがった。
「お命を頂きます」
 心の中にある後ろめたさが、その言葉を言わせた。
 しかし、それは余計なことであった。
「助けてくれ。頼む」
 古人大兄は合掌して、哀願した。
「だめだ」
 無言で刺してしまえばよかったのである。
 命を助けることなど有り得ないのだから。
 なまじ言葉を交したために、心のひるみを漢殿は覚えた。
「助けてくれ、助けてくれ」
 古人大兄は四つんばいになって、仏の側へ逃れようとした。
(ええい、仕方がない)
 漢殿は槍を振りかぶるようにして、古人大兄の背中を刺した。
「ぐえーっ」
 獣じみた叫びがあがった。
「わしは何もしておらぬ。わしは何も——」
 古人大兄は叫んだ。
 漢殿は槍を引き抜いた。
「痛い、痛い、早く医者を。助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ」
 血の海の中で、古人大兄はのたうち回った。
 みっともない、とは露も思わない。
 古人大兄には罪はない。
 罪なくして殺される者の無念はいかばかりか。
(許されよ)
 漢殿は古人大兄を追い、その胸にとどめの一撃を加えた。
 古人大兄は、憎しみの目を見せたあと、絶息した。
 なまじ恨みの視線を向けられたのが気楽だった。
「入ってはならぬ!」
 虫麻呂の声がした。
 堂の扉を開けてみると、古人大兄の妃がいた。
 その顔が悲痛にゆがんだ。
「あなた」
 堂内に駆け込もうとした妃を虫麻呂が止めようとした。
「行かせてやれ」
 漢殿が言った。
 妃が虫麻呂の手を振りほどくようにして堂内に入り、古人大兄の体にとりすがった。
 漢殿はその姿から目をそむけるようにして、外へ出た。
 号泣が聞こえた。
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08/28 17:48
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