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日本史の叛逆者70
日期:2019-05-24 23:11  点击:260
 漢殿と額田王《ぬかたのおおきみ》の間に、娘が生まれた。
 名を十市《とおち》とつけた。
 額田は、子を生んでから、さらに美しくなった。
 漢殿は、この母娘と一緒に過ごしている時が、何よりもうれしい。
 額田には歌の才能もあった。
「そなたの歌は、何というか、人の心の真実《まこと》を写しているような」
「それは、買いかぶりというもの」
 額田は、寝台に寝ている嬰児《あかご》を見て、微笑しながら言った。
「そうかな」
 漢殿は満足していた。
 ここ数年は、何事もない平穏の日々だ。
 兄の中大兄も、自分の存在を無視している。
 しかし、それでいいのだ。
 兄が、自分を役立てようとすると、ろくなことはない。
 だから、漢殿は難波の宮にも館を移さず、こうして飛鳥の地にとどまっている。
 だが、その平穏は次の瞬間破られた。
 騒がしい物音がした。
 馬のいななきもする。
「こんな夜更けに誰かな」
 不吉な予感がした。
「皇太子《ひつぎのみこ》様がお見えです」
 召使があわてて伝えに来た。
「兄君が——」
 中大兄は案内も乞わずに、ずかずかと館の中に入って来た。
「久しいな」
 中大兄はそう言って、額田の方を見た。
 その表情に驚きが走り、ついで、ほころんだ。
「ほう、これは妻女か、なかなかの美形だな」
「恐れ入ります」
 漢殿は頭を下げた。
「これほどの美女を隠しているとは、いやはや隅に置けぬやつよ」
 中大兄はそう言って、額田を遠慮なく見た。
 額田は恥じ入るように目を伏せた。
「ときに、何か急ぎの御用件でございますか」
 漢殿は、中大兄の注意をそらしたいがために、言った。
 中大兄は真顔に戻って、
「そうだ。内密の話がある」
「では」
 漢殿は目くばせをした。
 額田は嬰児を抱いて別間に去った。
 中大兄は漢殿と向かい合わせに座った。
「そちの目は来ておるか」
「は?」
「虫麻呂よ。あやつは控えておるのか」
「は、おそらく近くにいるものと」
「虫麻呂、聞こえたら、返事せい」
 中大兄は少し大きな声を出した。
「——お足許におりまする」
 床下から声がした。
 中大兄はぎょっとして、足を少し引きながら、無理に笑いを浮かべた。
「相変らずだな。では、話を聞け」
「かしこまりましてございます」
 中大兄は漢殿に言った。
「左大臣阿倍内麻呂を始末してもらいたい」
 そこらの物をどけてくれと言うほどの、何気ない口調である。
 漢殿は驚いて、
「始末と申されますと、殺すので?」
「無論だ」
「何故でございます」
「理由《わけ》を話さねばいかんのか」
「ただの庶人ならいざ知らず、左大臣ともなりますれば、理由をおうかがいせねば」
 中大兄は漢殿をにらみつけるように言った。
「見せしめのためだ」
「見せしめ?」
「そうだ。かの者は、人臣第一等の身分でありながら、帝のお言葉に従わぬ。これではしめし[#「しめし」に傍点]がつかぬ」
「罰すればよろしいではございませぬか」
「それゆえ、そなたに頼んでいる」
「しかし——」
 漢殿は反発して言った。
 それでは暗殺になる。
 公権力者のやることではない。権力者は権力者らしく、公けの力を振るえばよいのではないか。
「それができるなら苦労はせぬ」
 中大兄はうめくように、
「今、左大臣を公けに罰すれば、朝廷は動かなくなる。根が深いのだ、この騒ぎは」
「それで、殺すのでございますか」
「そうだ。逆らう者は命長らえぬ。これこそ、国を保つ道」
「請安《しようあん》先生は、そのように申されたのですか」
 漢殿は思わず言った。
 南淵請安は既に亡い。後任の国博士には高向玄理《たかむこのくろまろ》が就いている。だが、請安の教え、時に徳を以て世の中を治めるという徳治主義は、中大兄の胸に刻まれているはずだ。
「先生に教えを受けたこともないくせに、生意気なことを言うな」
 中大兄が怒鳴った。
 漢殿は頭を下げて、
「申しわけございませんでした」
 と、ただちに謝った。
「それでよい。左大臣を討つこともよいな」
「それは——」
「聞けぬと申すのか」
「一族皆殺しでございますか」
 おそるおそる漢殿はそれを聞いた。
 古人大兄殺しの時の後味の悪さは、今も残っている。
 ときどき夢に見るほどだ。
 血だらけで許しを乞う古人大兄、憎しみに燃えた古人大兄の妻の眼——あんな思いは二度としたくない。
「今度は、左大臣だけでよい」
「まことに?」
「そうだ。女子供には手はつけぬ。阿倍の家はそのままに残す」
 漢殿は思わずうなずいていた。
「よいな。騒ぎにならぬように。だが、家人には殺されたとわかるようにせよ」
 中大兄は平然と難題を押しつけた。
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