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日本史の叛逆者120
日期:2019-05-24 23:32  点击:325
 鎌子は病いに伏せっていた。
「どうしたのだ?」
 大海人は顔色を変えた。
「いえ、大したことではありません」
 鎌子は病いの床から、あわてて身を起こしたが、大海人は進み出てその肩に手を置いた。
「休むがよい」
「いえ、このままで」
 鎌子はそう言ったが、すぐに激しく咳き込んだ。
「病人は身体《からだ》を大切にせねばならぬ」
 大海人は鎌子を寝かせた。
「この危急の秋《とき》に申しわけもございませぬ」
「なに、今は身体をなおすことだ」
 大海人は帰ろうと思った。
 病人の心を乱しても始まらない。
「お待ち下さい」
 鎌子は呼び止めた。
「何だ? 休むのが一番だぞ」
「いえ、ぜひ申し上げておきたい儀が——」
 鎌子がまた身を起こそうとしたので、大海人はあわてて歩み寄った。
「そのままでよい、申してみよ」
「——こちらも唐へ使いを出すべきでございましょう」
 鎌子は言った。
 その表情には、病いの苦痛が現われている。
「それはもうそなたが何度も言ったことではないか」
 大海人は、それを耳にしていた。
 鎌子は、中大兄に、唐との連絡をつけるため、使者を出しておくべきだと、提言していたのである。
「いえ、今度の唐使の入京を迎えてのことでございます」
「うん?」
 大海人は首を傾げた。
 鎌子の言う意味がよくわからない。
「答礼でございます」
「答礼?」
「はい。はるばる唐からの使いが、わが国の都まで来てくれたのですから、当方も当然、答礼使を差し向けなければなりません」
「——そうか」
 大海人は合点した。
 鎌子は、答礼使にかこつけて、唐へ使者を出し、そのことによって唐との誼《よし》みを通じろ、と言っているのだ。
「わかった。——だが、納得されるかな」
 大海人が言ったのは、もちろん中大兄のことである。
「——説得のやり方によっては」
「どうする?」
 大海人はたずねた。
 こういう時には、なまじ考えるより鎌子の知恵に頼るのが最もいい。
「——皇太子様は、唐の力を見たいと思し召されておるはず」
 鎌子は苦しそうに、
「それゆえ、答礼使を出すことは、唐の出方を探る格好の手段となることを、申し上げればよいと存じます」
「なるほど」
 大海人は感心した。
 つまり、中大兄には、唐へ「答礼」するのではない「偵察」するのだ、と言って説得しろというのだ。
 これなら、中大兄も話に乗るだろう。
 中大兄は、唐と一戦を交えることも辞さないつもりなのだから。
「では、これからすぐにでも参内致そう。善は急げと申すからな」
 大海人は大きくうなずいた。
「申しわけもございませぬ」
 鎌子は謝った。
 本来なら、大海人の手をわずらわせずに、自分が行くべきところなのだ。
「よく気が付いてくれた。安心して休め」
 大海人はそう言って、再び馬上の人となった。
 
「何だ、また何か用か」
 中大兄は大海人の顔を見ると、不快そうに言った。
「ぜひとも申し上げたき儀がありまして、無礼を省みず参上致しました」
 大海人は中大兄の顔を直視して言った。
「言いたいことがあれば、早く申せ。わしは忙しい」
「では、申し上げます」
 中大兄は、大海人の方を見ずに書類に目を通していた。
「今度、唐使が帰る時に、こちらも答礼使を派遣すべきだと存じます」
 それを聞いて、中大兄は意外な顔をして目を上げた。
「答礼じゃと」
「はい」
「何を申すか」
 中大兄は怒って、
「かの国は敵国だ。敵の国に答礼など要らぬ」
 と、大海人をにらみつけた。
「答礼ではございません」
 大海人はあくまでも冷静な声で言った。
 だが、その態度に中大兄はますます怒って、
「なんだと、いま、その口で答礼と申したではないか」
「答礼は仮の姿ということでございます」
「仮?」
 中大兄は、今度はけげんな顔をした。
「はい。答礼にかこつけて、かの国の動向を探って参るのでございます」
「——」
「答礼使とあれば、かの国も歓迎しないわけにはいきますまい。すなわち、様々なことが探り出せるのではございますまいか」
 大海人は言った。
 中大兄は書類を置いて、しばらく考えていたが、
「——名案だな」
「答礼使には、ぜひわたくしを」
 大海人は熱意を込めて言った。
 本心である。唐の都をこの目で見てみたいという思いもある。だが、最も強いのは、この国のために唐の人々と交わっておきたいということだ。
「それは、だめだ」
 にべもなく中大兄は言った。
「なぜです」
「そなたはいつもわしの側近くにいて、わが身を守ってもらわねばならぬ」
 中大兄はむりやり笑みを浮かべ、
「そなたは槍の名手だからな」
「行ってはいけませぬか」
「ならぬ」
 中大兄は大声で決めつけると、声を落として、
「そのような使いには、罪を得た者でも送っておけば充分であろう」
「罪人を?」
「そうだ。罪を許してやるといえば、死にもの狂いで働くだろう」
 中大兄はそう言って、
「守君大石《もりのきみおおいし》などよかろう」
「大石でございますか」
 その名は、大海人も知っていた。小錦《しようきん》の位にあったが、罪に連座し拘禁されているはずだ。
(だが、適任ではない)
 大海人は秘かに思った。
 罪人が赦免を条件に働くとなれば、中大兄の意を迎えることに、全力を注ぐはずである。
 だが、この役目は、冷静に公平に物を見て、諫言することも恐れてはならない。
 そんな役目が、大石につとまるはずもない。
「どうした? 何か不満があるのか」
 中大兄は言った。
「いえ」
 大海人は言葉を呑み込んだ。
「不満があるなら、言え」
 中大兄は催促した。
 またか、と大海人は思った。
 その言葉に従って、不満を言ったところで、中大兄には改める気は毛頭ないのだ。
 ならば、言うだけ無駄というものである。
 しかし、大海人はそれでも言った。
 大石が適任でないこと、そして、その理由をである。
 再び中大兄は怒った。
「下らぬ心配をするな」
「はっ」
 大海人は頭を下げた。
「きゃつらの相手は、罪人がちょうどいいのだ」
 中大兄は言い切った。
 大海人は失望の念を新たにした。
 
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