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鬼平犯科帳の人生論31
日期:2019-07-30 10:33  点击:312
 ● 親しき仲にこそ礼儀あり
 
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 久栄《ひさえ》が平蔵の妻になったとき、
「このような女にても、ほんに、よろしいのでございますか……?」
 久栄が両手をつき、平蔵に問うた。
「このような女とは、どのような女なのだ?」
「あの、私のことを……」
「きいたが、忘れた」
「ま……」
「どちらでもよいことさ」
「は……」
「おれとても極道者《ごくどうもの》だ。それでもよいか、と、お前さんに問わねばなるまいよ」
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[#地付き]「むかしの男《おとこ》」
 
 平蔵と久栄の初夜の情景である。
 ご存じの読者も多いと思うが、久栄は処女で結婚した女ではない。十七歳のときに、近くに住む与太者に娘のあかしを奪いとられている。いまでこそ処女であるとかないとかはべつだん問題にされないが、江戸時代に生きる武士の娘がチンピラに処女を奪われるなどもってのほかであった。
 哀れ、久栄は失意のなかで暮らし、それを知った父親もまた「嫁にはゆけぬ」とがっくり肩を落とした。
 ところが隣屋敷に住んでいた平蔵は、久栄の気だてのいいのを見てとり、
「よろしければ、私がいただきましょう」
 じつにあっけらかんと久栄を嫁にしてしまうのだった。
 そればかりではない。平蔵はただの一度も、久栄のその忌まわしい過去へはふれたことがない。それどころか、
「おれとても極道者だ。それでもよいか、と、お前さんに問わねばなるまいよ」
 と、問題をわが身のものにして久栄をかばいとおしている。
 やさしい男とはこういう男のことをいうのだ。
 男の生態に詳しいある中年女性によると、おおよそ八割の男が閨房《けいぼう》で、
「何人の男を知っている?」
 に、はじまって、
「最初はいつ?」
 などと、女の過去を根ほり葉ほり聞きたがるのだという。ニッポンの男たちはお勉強のしすぎで、喋々喃々《ちようちようなんなん》のやり方も忘れてしまったようだ。
「そういう男には三白眼《さんぱくがん》でねっちりと睨み返してやればいいんだよ」
 というと、
「だめだめ。黙っていたら、それこそよけいに疑われてしまうわよ」
 あらぬ嫌疑をかけられてしまうというのだ。だから女性たちは、嫌々ながらも適当な返答をするのだそうだ。男ってバカだね。それで納得するんだから。
 女の、触れてほしくない過去に土足で踏み込み、言葉の愛撫もせずに無神経に質問を浴びせるなど愚の骨頂である。人間関係においては、越えてはいけない一線、踏み込んではならない領域というのがある。
 むろんそれは男女の関係に限られるものではない。男同士の関係とて同様である。ひと皮むけば、男なんて生き物は大なり小なりそれぞれ脛《すね》に傷があるものだ。なんでもかんでも知りたがるのは、相手の気持ちを慮《おもんぱか》ることをしない甘ったれがやることだ。信頼関係は互いが無邪気になれあうことではなく、触れてほしくないことに立ち入らぬことによって支えられていることもある。「親しき仲にこそ礼儀あり」なのだ。
 
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