遠野物語拾遺32
日期:2019-08-25 13:28 点击:234
三二 橋野の中村という処にも昔大きな沼があった。その沼に大蛇がいて、村の人を取って食ってならなかった。村ではそれをどうともすることができないでいると、田村麿将軍は里人を憐れに思って、来て退《たい》治《じ》をしてくれた。後の祟《たた》りを恐れてその屍を里人たちは祠を建てて祀った。それが今の熊野神社である。社の前の古杉の木に、その大蛇の頭の形を木の面に彫って懸けておく習わしがあった。社の前の川を太刀洗川というのは、田村麿が大蛇を斬った太刀を、ここに来て洗ったからである。


