あいやしばらく、私が家元の糸井重里である。
諸君にこの苦労をわかってくれというつもりは毛頭ないが、毎週の書き出しの数文字には悩まされる。今回も、この「あいやしばらく」に至るまでに数枚の原稿用紙をゴミ箱に捨ててしまった。
まず、「でへへへへ」と書いた。それで三枚ほど書きすすめたのだが、やはり「でへへへ」で始めたものは、どうしても「でへへへ」的なのである。これは気分が悪いのでやめた。
次に「全体トマレ」と書いたが、なんだか総選挙後の雰囲気を妙にひきずっているようで、やめにした。これは、早く気付いたので、原稿用紙一枚分の徒労ですんだ。
続いて、「バーッキャロー」というのも書いたのだが、知っての通り、この原稿を書いてから印刷され諸君の目に触れるまでには若干の時間がある。その時間のうちに、私が世間からキューダンされたり、刑事事件を起こしてキンシン中という状態になっている場合だってないわけではない。世の中が「とにかく、あのイトイてぇのは太いやろうだ」などと言っている時に、「バーッキャロー」などと叫びつつ登場すると盗っ人猛々しいとのそしりを受けかねないので、それもやめにした。
こうなると、「すいません」と、つい始めたくなるものなのだが、「すいません」と言いたい気持が、私の胸の裡に、まったくないので、今回は見送った。
そして「あいやしばらく」がここに晴れて印刷されたのであった。
「毎週、家元のご苦心を目のあたりにしている私なぞは、おいたわしゅうございまして、めっきり食欲も落ちました」
お、最近敬語に乱れを生じていると評判の番頭さん、メシを食いながらそういうことを言うものじゃありません。
「でございますから、私、もう、おいたわしくておいたわしくて、家元がおやつれになっちゃってやがるんで、その……」
あなたは、その、今週の課題でも食べて寝ていなさい。先回の座談会の「まとめ」で疲れているんだから。