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薤露行:三 袖(1)
日期:2021-01-10 23:35  点击:353


 可憐(かれん)なるエレーンは人知らぬ菫(すみれ)の如くアストラットの古城を照らして、ひそかに墜(お)ちし春の夜の星の、紫深き露に染まりて月日を経たり。訪(と)う人は固(もと)よりあらず。共に住むは二人の兄と眉(まゆ)さえ白き父親のみ。
「騎士はいずれに去る人ぞ」と老人は穏かなる声にて訪う。
「北の方(かた)なる仕合に参らんと、これまでは鞭(むちう)って追懸けたれ。夏の日の永きにも似ず、いつしか暮れて、暗がりに路さえ岐(わか)れたるを。――乗り捨てし馬も恩に嘶(いなな)かん。一夜の宿の情け深きに酬(むく)いまつるものなきを恥ず」と答えたるは、具足を脱いで、黄なる袍(ほう)に姿を改めたる騎士なり。シャロットを馳(は)せる時何事とは知らず、岩の凹(くぼ)みの秋の水を浴びたる心地して、かりの宿りを求め得たる今に至るまで、頬(ほお)の蒼(あお)きが特更(ことさら)の如くに目に立つ。
 エレーンは父の後ろに小さき身を隠して、このアストラットに、如何(いか)なる風の誘いてか、かく凛々(りり)しき壮夫(ますらお)を吹き寄せたると、折々は鶴(つる)と瘠(や)せたる老人の肩をすかして、恥かしの睫(まつげ)の下よりランスロットを見る。菜の花、豆の花ならば戯るる術(すべ)もあろう。偃蹇(えんけん)として澗底(かんてい)に嘯(うそぶ)く松が枝(え)には舞い寄る路のとてもなければ、白き胡蝶(こちょう)は薄き翼を収めて身動きもせぬ。
「無心ながら宿貸す人に申す」とややありてランスロットがいう。「明日(あす)と定まる仕合の催しに、後(おく)れて乗り込む我の、何の誰(たれ)よと人に知らるるは興なし。新しきを嫌(きら)わず、古きを辞せず、人の見知らぬ盾(たて)あらば貸し玉え」
 老人ははたと手を拍(う)つ。「望める盾を貸し申そう。――長男チアーは去(さん)ぬる騎士の闘技に足を痛めて今なお蓐(じょく)を離れず。その時彼が持ちたるは白地に赤く十字架を染めたる盾なり。ただの一度の仕合に傷(きずつ)きて、その創口(きずぐち)はまだ癒(い)えざれば、赤き血架は空(むな)しく壁に古りたり。これを翳(かざ)して思う如く人々を驚かし給え」

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