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薤露行:四 罪(3)
日期:2021-01-21 23:51  点击:326

「安からぬ胸に、捨てて行ける人の帰るを待つと、凋(しお)れたる声にてわれに語る御身の声をきくまでは、天(あま)つ下(くだ)れるマリヤのこの寺の神壇に立てりとのみ思えり」
 逝(ゆ)ける日は追えども帰らざるに逝ける事は長(とこ)しえに暗きに葬むる能(あた)わず。思うまじと誓える心に発矢(はっし)と中(あた)る古き火花もあり。
「伴いて館に帰し参らせんといえば、黄金の髪を動かして何処(いずこ)へとも、とうなずく……」と途中に句を切ったアーサーは、身を起して、両手にギニヴィアの頬を抑(おさ)えながら上より妃の顔を覗き込む。新たなる記憶につれて、新たなる愛の波が、一しきり打ち返したのであろう。――王妃の顔は屍(しかばね)を抱(いだ)くが如く冷たい。アーサーは覚えず抑えたる手を放す。折から廻廊を遠く人の踏む音がして、罵(ののし)る如き幾多の声は次第にアーサーの室に逼(せま)る。
 入口に掛けたる厚き幕は総(ふさ)に絞らず。長く垂れて床をかくす。かの足音の戸の近くしばらくとまる時、垂れたる幕を二つに裂いて、髪多く丈(たけ)高き一人の男があらわれた。モードレッドである。
 モードレッドは会釈もなく室の正面までつかつかと進んで、王の立てる壇の下にとどまる。続いて入(い)るはアグラヴェン、逞(たく)ましき腕の、寛(ゆる)き袖を洩れて、赭(あか)き頸(くび)の、かたく衣の襟(えり)に括(くく)られて、色さえ変るほど肉づける男である。二人の後(あと)には物色する遑(いとま)なきに、どやどやと、我勝ちに乱れ入りて、モードレッドを一人(ひとり)前に、ずらりと並ぶ、数は凡(すべ)てにて十二人。何事かなくては叶(かな)わぬ。
 モードレッドは、王に向って会釈せる頭(かしら)を擡(もた)げて、そこ力のある声にていう。「罪あるを罰するは王者(おうしゃ)の事か」
「問わずもあれ」と答えたアーサーは今更という面持(おももち)である。
「罪あるは高きをも辞せざるか」とモードレッドは再び王に向って問う。
 アーサーは我とわが胸を敲(たた)いて「黄金の冠は邪(よこしま)の頭に戴(いただ)かず。天子の衣は悪を隠さず」と壇上に延び上る。肩に括(くく)る緋(ひ)の衣の、裾は開けて、白き裏が雪の如く光る。
「罪あるを許さずと誓わば、君が傍(かたえ)に坐せる女をも許さじ」とモードレッドは臆(おく)する気色もなく、一指を挙げてギニヴィアの眉間(みけん)を指(さ)す。ギニヴィアは屹(き)と立ち上る。
 茫然(ぼうぜん)たるアーサーは雷火に打たれたる唖(おし)の如く、わが前に立てる人――地を抽(ぬ)き出でし巌(いわお)とばかり立てる人――を見守る。口を開けるはギニヴィアである。
「罪ありと我を誣(し)いるか。何をあかしに、何の罪を数えんとはする。詐(いつわ)りは天も照覧あれ」と繊(ほそ)き手を抜け出でよと空高く挙げる。
「罪は一つ。ランスロットに聞け。あかしはあれぞ」と鷹(たか)の眼を後ろに投ぐれば、並びたる十二人は悉く右の手を高く差し上げつつ、「神も知る、罪は逃(のが)れず」と口々にいう。
 ギニヴィアは倒れんとする身を、危く壁掛に扶(たす)けて「ランスロット!」と幽(かすか)に叫ぶ。王は迷う。肩に纏(まつ)わる緋の衣の裏を半ば返して、右手(めて)の掌(たなごころ)を十三人の騎士に向けたるままにて迷う。
 この時館の中に「黒し、黒し」と叫ぶ声が石(せきちょう)に響(ひびき)を反(かえ)して、窈然(ようぜん)と遠く鳴る木枯(こがらし)の如く伝わる。やがて河に臨む水門を、天にひびけと、錆(さ)びたる鉄鎖に軋(きし)らせて開く音がする。室の中なる人々は顔と顔を見合わす。只事(ただごと)ではない。

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