行业分类
草枕 十一(1)
日期:2021-02-22 23:39  点击:334

 山里(やまざと)の朧(おぼろ)に乗じてそぞろ歩く。観海寺の石段を登りながら仰数(あおぎかぞう)春星(しゅんせい)一二三と云う句を得た。余は別に和尚(おしょう)に逢う用事もない。逢うて雑話をする気もない。偶然と宿を出(い)でて足の向くところに任せてぶらぶらするうち、ついこの石磴(せきとう)の下に出た。しばらく不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)と云う石を撫(な)でて立っていたが、急にうれしくなって、登り出したのである。
 トリストラム・シャンデーと云う書物のなかに、この書物ほど神の御覚召(おぼしめし)に叶(かの)うた書き方はないとある。最初の一句はともかくも自力(じりき)で綴(つづ)る。あとはひたすらに神を念じて、筆の動くに任せる。何をかくか自分には無論見当がつかぬ。かく者は自己であるが、かく事は神の事である。したがって責任は著者にはないそうだ。余が散歩もまたこの流儀を汲(く)んだ、無責任の散歩である。ただ神を頼まぬだけが一層の無責任である。スターンは自分の責任を免(のが)れると同時にこれを在天の神に嫁(か)した。引き受けてくれる神を持たぬ余はついにこれを泥溝(どぶ)の中に棄(す)てた。
 石段を登るにも骨を折っては登らない。骨が折れるくらいなら、すぐ引き返す。一段登って佇(たたず)むとき何となく愉快だ。それだから二段登る。二段目に詩が作りたくなる。黙然(もくねん)として、吾影を見る。角石(かくいし)に遮(さえぎ)られて三段に切れているのは妙だ。妙だからまた登る。仰いで天を望む。寝ぼけた奥から、小さい星がしきりに瞬(まばた)きをする。句になると思って、また登る。かくして、余はとうとう、上まで登り詰めた。
 石段の上で思い出す。昔し鎌倉へ遊びに行って、いわゆる五山(ごさん)なるものを、ぐるぐる尋ねて廻った時、たしか円覚寺(えんがくじ)の塔頭(たっちゅう)であったろう、やはりこんな風に石段をのそりのそりと登って行くと、門内から、黄(き)な法衣(ころも)を着た、頭の鉢(はち)の開いた坊主が出て来た。余は上(のぼ)る、坊主は下(くだ)る。すれ違った時、坊主が鋭どい声でどこへ御出(おいで)なさると問うた。余はただ境内(けいだい)を拝見にと答えて、同時に足を停(と)めたら、坊主は直(ただ)ちに、何もありませんぞと言い捨てて、すたすた下りて行った。あまり洒落(しゃらく)だから、余は少しく先(せん)を越された気味で、段上に立って、坊主を見送ると、坊主は、かの鉢の開いた頭を、振り立て振り立て、ついに姿を杉の木の間に隠した。その間(あいだ)かつて一度も振り返った事はない。なるほど禅僧は面白い。きびきびしているなと、のっそり山門を這入(はい)って、見ると、広い庫裏(くり)も本堂も、がらんとして、人影はまるでない。余はその時に心からうれしく感じた。世の中にこんな洒落(しゃらく)な人があって、こんな洒落に、人を取り扱ってくれたかと思うと、何となく気分が晴々(せいせい)した。禅(ぜん)を心得ていたからと云う訳ではない。禅のぜの字もいまだに知らぬ。ただあの鉢の開いた坊主の所作(しょさ)が気に入ったのである。
 世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、いやな奴(やつ)で埋(うずま)っている。元来何しに世の中へ面(つら)を曝(さら)しているんだか、解(げ)しかねる奴さえいる。しかもそんな面に限って大きいものだ。浮世の風にあたる面積の多いのをもって、さも名誉のごとく心得ている。五年も十年も人の臀(しり)に探偵(たんてい)をつけて、人のひる屁(へ)の勘定(かんじょう)をして、それが人世だと思ってる。そうして人の前へ出て来て、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬ事を教える。前へ出て云うなら、それも参考にして、やらんでもないが、後(うし)ろの方から、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと云う。うるさいと云えばなおなお云う。よせと云えばますます云う。分ったと云っても、屁をいくつ、ひった、ひったと云う。そうしてそれが処世の方針だと云う。方針は人々(にんにん)勝手である。ただひったひったと云わずに黙って方針を立てるがいい。人の邪魔になる方針は差(さ)し控(ひか)えるのが礼儀だ。邪魔にならなければ方針が立たぬと云うなら、こっちも屁をひるのをもって、こっちの方針とするばかりだ。そうなったら日本も運の尽きだろう。
 こうやって、美しい春の夜に、何らの方針も立てずに、あるいてるのは実際高尚だ。興来(きた)れば興来るをもって方針とする。興去れば興去るをもって方針とする。句を得れば、得たところに方針が立つ。得なければ、得ないところに方針が立つ。しかも誰の迷惑にもならない。これが真正の方針である。屁を勘定するのは人身攻撃の方針で、屁をひるのは正当防禦(ぼうぎょ)の方針で、こうやって観海寺の石段を登るのは随縁放曠(ずいえんほうこう)の方針である。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
10/12 02:13
首页 刷新 顶部