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虞美人草 三 (7)
日期:2021-03-22 07:36  点击:345
 「そのうち開(あ)くかも知れないさ」
「ハハハハ小野なら障子の開くまで待ってるかも知れない」
「そうだね。小野を連れて来て見せてやれば好かった」
「京都はああ云う人間が住むに好い所だ」
「うん全く小野的だ。大将、来いと云うのになんのかのと云って、とうとう来ない」
「春休みに勉強しようと云うんだろう」
「春休みに勉強が出来るものか」
「あんな風じゃいつだって勉強が出来やしない。一体文学者は軽いからいけない」
「少々耳が痛いね。こっちも余まり重くはない方だからね」
「いえ、単なる文学者と云うものは霞(かすみ)に酔ってぽうっとしているばかりで、霞を披(ひら)いて本体を見つけようとしないから性根(しょうね)がないよ」
「霞の酔(よ)っ払(ぱらい)か。哲学者は余計な事を考え込んで苦(にが)い顔をするから、塩水の酔っ払だろう」
「君見たように叡山(えいざん)へ登るのに、若狭(わかさ)まで突き貫(ぬ)ける男は白雨(ゆうだち)の酔っ払だよ」
「ハハハハそれぞれ酔っ払ってるから妙だ」
 甲野さんの黒い頭はこの時ようやく枕を離れた。光沢(つや)のある髪で湿(しめ)っぽく圧(お)し付けられていた空気が、弾力で膨(ふく)れ上がると、枕の位置が畳の上でちょっと廻った。同時に駱駝(らくだ)の膝掛(ひざかけ)が擦(ず)り落ちながら、裏を返して半分(はんぶ)に折れる。下から、だらしなく腰に捲(ま)き付けた平絎(ひらぐけ)の細帯があらわれる。
「なるほど酔っ払いに違ない」と枕元に畏(かしこ)まった宗近君は、即座に品評を加えた。相手は痩(や)せた体躯(からだ)を持ち上げた肱(ひじ)を二段に伸(のば)して、手の平に胴を支(ささ)えたまま、自分で自分の腰のあたりを睨(ね)め廻していたが
「たしかに酔っ払ってるようだ。君はまた珍らしく畏(かしこ)まってるじゃないか」と一重瞼(ひとえまぶた)の長く切れた間から、宗近君をじろりと見た。
「おれは、これで正気なんだからね」
「居住(いずまい)だけは正気だ」
「精神も正気だからさ」
「どてらを着て跪坐(かしこまっ)てるのは、酔っ払っていながら、異状がないと得意になるようなものだ。なおおかしいよ。酔っ払いは酔払(よっぱらい)らしくするがいい」
「そうか、それじゃ御免蒙(ごめんこうむ)ろう」と宗近君はすぐさま胡坐(あぐら)をかく。
「君は感心に愚(ぐ)を主張しないからえらい。愚にして賢と心得ているほど片腹(かたはら)痛い事はないものだ」

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