行业分类
虞美人草 四 (7)
日期:2021-03-29 23:50  点击:322
 半世の歴史を長き穂の心細きまで逆(さか)しまに尋ぬれば、溯(さかのぼ)るほどに暗澹(あんたん)となる。芽を吹く今の幹なれば、通わぬ脈の枯れ枝(え)の末に、錐(きり)の力の尖(とが)れるを幸(さいわい)と、記憶の命を突き透(とお)すは要なしと云わんよりむしろ無惨(むざん)である。ジェーナスの神は二つの顔に、後(うし)ろをも前をも見る。幸なる小野さんは一つの顔しか持たぬ。背(そびら)を過去に向けた上は、眼に映るは煕々(きき)たる前程のみである。後(うしろ)を向けばひゅうと北風が吹く。この寒い所をやっとの思いで斬り抜けた昨日今日(きのうきょう)、寒い所から、寒いものが追っ懸(か)けて来る。今まではただ忘れればよかった。未来の発展の暖く鮮(あざ)やかなるうちに、己(おの)れを捲(ま)き込んで、一歩でも過去を遠退(とおの)けばそれで済んだ。生きている過去も、死んだ過去のうちに静かに鏤(ちりばめ)られて、動くかとは掛念(けねん)しながらも、まず大丈夫だろうと、その日、その日に立ち退(の)いては、顧みるパノラマの長く連なるだけで、一点も動かぬに胸を撫(な)でていた。ところが、昔しながらとたかを括(くく)って、過去の管(くだ)を今さら覗いて見ると――動くものがある。われは過去を棄てんとしつつあるに、過去はわれに近づいて来る。逼(せま)って来る。静かなる前後と枯れ尽したる左右を乗り超(こ)えて、暗夜(やみよ)を照らす提灯(ちょうちん)の火のごとく揺れて来る、動いてくる。小野さんは部屋の中を廻り始めた。
 自然は自然を用い尽さぬ。極(きわ)まらんとする前に何事か起る。単調は自然の敵である。小野さんが部屋の中を廻り始めて半分(はんぷん)と立たぬうちに、障子(しょうじ)から下女の首が出た。
「御客様」と笑いながら云う。なぜ笑うのか要領を得ぬ。御早うと云っては笑い、御帰んなさいと云っては笑い、御飯ですと云っては笑う。人を見て妄(みだ)りに笑うものは必ず人に求むるところのある証拠である。この下女はたしかに小野さんからある報酬を求めている。
 小野さんは気のない顔をして下女を見たのみである。下女は失望した。
「通しましょうか」
 小野さんは「え、うん」と判然しない返事をする。下女はまた失望した。下女がむやみに笑うのは小野さんに愛嬌(あいきょう)があるからである。愛嬌のない御客は下女から見ると半文(はんもん)の価値もない。小野さんはこの心理を心得ている。今日(こんにち)まで下女の人望を繋(つな)いだのも全くこの自覚に基(もと)づく。小野さんは下女の人望をさえ妄(みだ)りに落す事を好まぬほどの人物である。

小语种学习网  |  本站导航  |  英语学习  |  网页版
10/12 01:26
首页 刷新 顶部