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虞美人草 八 (5)
日期:2021-04-10 23:59  点击:236
 趣味のないのと見込のないのとは別物である。鍛冶(かじ)(かみ)かんと打ち、相槌はとんと打つ。されども打たるるは同じ(つるぎ)である。
「いっそ、ここで、判然(はっきり)断わろう」
「断わるって、約束でもあるんですか」
「約束? 約束はありません。けれども阿爺(おとっさん)が、あの金時計を(はじめ)にやると御言いのだよ」
「それが、どうしたんです」
「御前が、あの時計を玩具(おもちゃ)にして、赤い(たま)ばかり、いじっていた事があるもんだから……」
「それで」
「それでね――この時計と藤尾とは縁の深い時計だがこれを御前にやろう。しかし今はやらない。卒業したらやる。しかし藤尾が欲しがって()()いて行くかも知れないが、それでも好いかって、冗談(じょうだん)半分に(みんな)の前で一におっしゃったんだよ」
「それを今だに(なぞ)だと思ってるんですか」
「宗近の阿爺(おとっさん)口占(くちうら)ではどうもそうらしいよ」
「馬鹿らしい」
 藤尾は鋭どい一句を長火鉢の(かど)(たた)きつけた。反響はすぐ起る。
「馬鹿らしいのさ」
「あの時計は私が貰いますよ」
「まだ御前の部屋にあるかい」
「文庫のなかに、ちゃんとしまってあります」
「そう。そんなに欲しいのかい。だって御前には持てないじゃないか」
「いいから下さい」
 鎖の先に燃える柘榴石(ガーネット)は、蒔絵(まきえ)蘆雁(ろがん)を高く置いた手文庫の底から、怪しき光りを放って藤尾を招く。藤尾はすうと立った。(おぼろ)とも化けぬ浅葱桜(あさぎざくら)が、暮近く消えて行くべき昼の命を、今少時(しばし)(まも)(えん)に、抜け出した高い姿が、振り向きながら、瘠面(やさおもて)の影になった半面を、障子のうちに傾けて
「あの時計は小野さんに上げても好いでしょうね」
と云う。障子(しょうじ)のうちの返事は聞えず。――春は母と子に暮れた。

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