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虞美人草 八 (7)
日期:2021-04-10 23:59  点击:235
「一体御前方はただ歩行(ある)くばかりで飛脚(ひきゃく)同然だからいけない。――叡山には東塔(とうとう)西塔(さいとう)横川(よかわ)とあって、その三ヵ所を毎日往来してそれを修業にしている人もあるくらい広い所だ。ただ登って下りるだけならどこの山へ登ったって同じ事じゃないか」
「なに、ただの山のつもりで登ったんです」
「アハハハそれじゃ足の裏へ豆を出しに登ったようなものだ」
「豆はたしかです。豆はそっちの受持です」と笑ながら甲野さんの方を見る。哲学者もむずかしい顔ばかりはしておられぬ。灯火(ともしび)は明かに揺れる。糸子は(そで)を口へ当てて、(くず)しかかった笑顔の収まり(ぎわ)(つむり)を上げながら、(ひとみ)を豆の受持ち手の方へ動かした。眼を動かさんとするものは、まず顔を動かす。火事場に泥棒を働らくの格である。家庭的の女にもこのくらい作略(さりゃく)はある。素知らぬ顔の甲野さんは、すぐ問題を呈出した。
御叔父(おじ)さん、東塔とか西塔とか云うのは何の名ですか」
「やはり延暦寺(えんりゃくじ)の区域だね。広い山の中に、あすこに()(かた)まり、ここに一と塊まりと坊が(かた)まっているから、まあこれを三つに分けて東塔とか西塔とか云うのだと思えば間違はない」
「まあ、君、大学に、法、医、文とあるようなものだよ」と宗近君は横合から、知ったような口を出す。
「まあ、そうだ」と老人は即座に賛成する。
(とう)修羅(しゅら)西(さい)は都に近ければ横川(よかわ)の奥ぞ住みよかりけると云う歌がある通り、横川が一番(さび)しい、学問でもするに好い所となっている。――今話した相輪(そうりんとう)から五十丁も這入(はい)らなければ行かれない」
「どうれで知らずに通った訳だな、君」と宗近君がまた甲野さんに話しかける。甲野さんは何とも云わずに老人の説明を謹聴している。老人は得意に弁ずる。
「そら謡曲の船弁慶(ふなべんけい)にもあるだろう。――かように(そうろう)ものは、西塔(さいとう)(かたわら)住居(すまい)する武蔵坊弁慶にて候――弁慶は西塔におったのだ」
「弁慶は法科にいたんだね。君なんかは横川の文科組なんだ。――阿爺(おとっ)さん叡山(えいざん)の総長は誰ですか」
「総長とは」
「叡山の――つまり叡山を建てた男です」

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