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虞美人草 九 (5)
日期:2021-04-10 23:59  点击:249
「京都の花はどうです。もう遅いでしょう」
 小野さんは急に話を京都へ移した。病人を慰めるには病気の話をする。好かぬ昔に飛び込んで、ありがたくほどけ掛けた記憶の(より)(ぎゃく)に戻すは、詩人の同情である。小夜子は急に小野さんと近づいた。
「もう遅いでしょう。立つ前にちょっと嵐山(あらしやま)へ参りましたがその時がちょうど八分通りでした」
「そのくらいでしょう、嵐山(あらしやま)は早いですから。それは結構でした。どなたとごいっしょに」
 花を()る人は星月夜のごとく(おびただ)しい。しかしいっしょに行く人は天を限り地を限って父よりほかにない。父でなければ――あとは胸のなかでも名は言わなかった。
「やっぱり阿父(おとっさん)とですか」
「ええ」
「面白かったでしょう」と口の先で云う。小夜子はなぜか(なさ)けない心持がする。小野さんは出直した。
「嵐山も元とはだいぶ違ったでしょうね」
「ええ。大悲閣(だいひかく)の温泉などは立派に普請(ふしん)が出来て……」
「そうですか」
小督(こごう)(つぼね)の墓がござんしたろう」
「ええ、知っています」
彼所(あすこ)いらは(みんな)掛茶屋ばかりで大変賑やかになりました」
毎年(まいとし)俗になるばかりですね。昔の方がよほど好い」
 近寄れぬと思った小野さんは、夢の中の小野さんとぱたりと合った。小夜子ははっと思う。
「本当に昔の方が……」と云い掛けて、わざと庭を見る。庭には何にもない。
「私がごいっしょに遊びに行った時分は、そんなに雑沓(ざっとう)しませんでしたね」
 小野さんはやはり夢の中の小野さんであった。庭を向いた眼は、ちらりと真向(まむき)に返る。金縁の眼鏡(めがね)と薄黒い口髭(くちひげ)がすぐ(ひとみ)(うつ)る。相手は依然として過去の人ではない。小夜子はゆかしい昔話の(いとくち)の、するすると抜け出しそうな咽喉(のど)(おさ)えて、黙って口をつぐんだ。調子づいて(かど)を曲ろうとする、どっこいと突き当る事がある。(ひん)のいい紳士淑女の対話も胸のうちでは始終(しじゅう)突き当っている。小野さんはまた口を開く番となる。

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