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虞美人草 九 (8)
日期:2021-04-10 23:59  点击:244
「風はないが、地面が乾いてるんで――どうも東京と云う所は(いや)な所だ。京都の方がよっぽどいいね」
「だって早く東京へ引き越す、引き越すって、毎日のように云っていらしったじゃありませんか」
「云ってた事は、云ってたが、来て見るとそうでもないね」と椽側で足袋(たび)をはたいて座に直った老人は、
「茶碗が出ているね。誰か来たのかい」
「ええ。小野さんがいらしって……」
「小野が? そりゃあ」と云ったが、()げて来た大きな包をからげた細縄の十文字を、丁寧に一文字ずつほどき始める。
「今日はね。座布団(ざぶとん)を買おうと思って、電車へ乗ったところが、つい乗り替を忘れて、ひどい目に()った
「おやおや」と気の毒そうに微笑(ほほえ)んだ娘は
「でも布団は御買いになって?」と聞く。
「ああ、布団だけはここへ買って来たが、御蔭(おかげ)で大変遅れてしまったよ」と包みのなかから八丈(はちじょう)まがいの黄な(しま)を取り出す。
「何枚買っていらしって」
「三枚さ。まあ三枚あれば当分間に合うだろう。さあちょっと敷いて御覧」と一枚を小夜子の前へ出す。
「ホホホホあなた御敷なさいよ」
阿父(おとっさん)も敷くから、御前も敷いて御覧。そらなかなか好いだろう」
「少し綿が硬いようね」
「綿はどうせ――()が価だから仕方がない。でもこれを買うために電車に乗り(そく)なってしまって……」
「乗替をなさらなかったんじゃないの」
「そうさ、乗替を――車掌に頼んで置いたのに。忌々(いまいま)しいから帰りには歩いて来た」
御草臥(おくたびれ)なすったでしょう」
「なあに。これでも足はまだ達者だからね。――しかし御蔭で(ひげ)も何も(ほこり)だらけになっちまった。こら」と右手(めて)の指を四本(なら)べて(くし)の代りに(あご)の下を()くと、果して薄黒いものが股について来た。

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