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虞美人草 十一 (1)
日期:2021-04-16 23:56  点击:220

 (あり)は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は劇烈なる生存(せいそん)のうちに無聊(ぶりょう)をかこつ。立ちながら三度の食につくの(いそがし)きに()えて、路上に昏睡(こんすい)の病を(うれ)う。生を縦横に託して、縦横に死を(むさぼ)るは文明の民である。文明の民ほど自己の活動を誇るものなく、文明の民ほど自己の沈滞に苦しむものはない。文明は人の神経を髪剃(かみそり)(けず)って、人の精神を擂木(すりこぎ)と鈍くする。刺激に麻痺(まひ)して、しかも刺激に(かわ)くものは(すう)を尽くして新らしき博覧会に集まる。
 (いぬ)()(した)い、人は色に(はし)る。狗と人とはこの点においてもっとも鋭敏な動物である。紫衣(しい)と云い、黄袍(こうほう)と云い、青衿(せいきん)と云う。皆人を呼び寄せるの道具に過ぎぬ。土堤(どて)を走る弥次馬(やじうま)は必ずいろいろの旗を(かつ)ぐ。担がれて懸命に(かい)(あやつ)るものは色に担がれるのである。天下、天狗(てんぐ)の鼻より著しきものはない。天狗の鼻は古えより赫奕(かくえき)として赤である。色のある所は千里を遠しとせず。すべての人は色の博覧会に集まる。
 ()(とう)に集まり、人は電光に集まる。輝やくものは天下を()く。金銀、瑪瑙(めのう)琉璃(るり)閻浮檀金(えんぶだごん)、の属を挙げて、ことごとく退屈の(ひとみ)を見張らして、疲れたる頭を我破(がば)()ね起させるために光るのである。昼を短かしとする文明の民の夜会には、あらわなる肌に(ちりばめ)たる宝石が(ひと)り幅を()かす。金剛石(ダイアモンド)は人の心を奪うが(ゆえ)に人の心よりも高価である。泥海(ぬかるみ)に落つる星の影は、影ながら(かわら)よりも(あざやか)に、見るものの胸に(きらめ)く。閃く影に(おど)善男子(ぜんなんし)善女子(ぜんにょし)は家を(むな)しゅうしてイルミネーションに集まる。
 文明を刺激の袋の底に(ふる)い寄せると博覧会になる。博覧会を鈍き()の砂に()せば(さん)たるイルミネーションになる。いやしくも生きてあらば、生きたる証拠を求めんがためにイルミネーションを見て、あっと驚かざるべからず。文明に麻痺したる文明の民は、あっと驚く時、始めて生きているなと気がつく。
 花電車が風を()って来る。生きている証拠を見てこいと、積み込んだ荷を山下雁鍋(やましたがんなべ)(あたり)(おろ)す。雁鍋はとくの昔に()くなった。卸された荷物は、自己が亡くならんとしつつある名誉を回復せんと森の(かた)にぞろぞろ行く。

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