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虞美人草 十一 (9)
日期:2021-04-17 23:58  点击:295

 俯目(ふしめ)に卓布を(なが)めていた藤尾の眼は見えぬ、濃い眉だけはぴくりと動いた。糸子は気がつかぬ、宗近君は平気である、甲野さんは超然としている。
「うつくしい(かた)ね」と糸子は藤尾を見る。藤尾は眼を上げない。
「ええ」と素気(そっけ)なく云い放つ。(きわ)めて低い声である。答を与うるに(あたい)せぬ事を聞かれた時に、――相手に合槌(あいづち)を打つ事を(いさぎよし)とせざる時に――女はこの法を用いる。女は肯定の辞に、否定の調子を寓する霊腕を有している。
「見たかい甲野さん、驚いたね」
「うん、ちと妙だね」と巻煙草(まきたばこ)の灰を皿の中にはたき落す。
「だから僕が云ったのだ」
「何と云ったのだい」
「何と云ったって、忘れたかい」と宗近君も下向(したむき)になって燐寸(マッチ)()る。刹那(せつな)に藤尾の(ひとみ)は宗近君の額を射た。宗近君は知らない。(くわ)えた巻煙草に火を移して顔を真向(まむき)に起した時、稲妻はすでに消えていた。
「あら妙だわね。二人して……何を云っていらっしゃるの」と糸子が聞く。
「ハハハハ面白い事があるんだよ。糸公……」と云い掛けた時紅茶と西洋菓子が来る。
「いやあ亡国の菓子が来た」
「亡国の菓子とは何だい」と甲野さんは茶碗を引き寄せる。
「亡国の菓子さハハハハ。糸公知ってるだろう亡国の菓子の由緒(いわれ)を」と云いながら角砂糖を茶碗の中へ(ほう)り込む。(かに)の眼のような(あわ)(かす)かな音を立てて浮き上がる。
「そんな事知らないわ」と糸子は(さじ)でぐるぐる()き廻している。
「そら阿爺(おとっさん)が云ったじゃないか。書生が西洋菓子なんぞを食うようじゃ日本も駄目だって」
「ホホホホそんな事をおっしゃるもんですか」
「云わない? 御前よっぽど物覚がわるいね。そらこの間甲野さんや何かと晩飯を食った時、そう云ったじゃないか」
「そうじゃないわ。書生の癖に西洋菓子なんぞ食うのはのらくらものだっておっしゃったんでしょう」

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