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虞美人草 十一 (10)
日期:2021-04-17 23:58  点击:297

「はああ、そうか。亡国の菓子じゃなかったかね。とにかく阿爺は西洋菓子が(きらい)だよ。柿羊羹(かきようかん)味噌松風(みそまつかぜ)、妙なものばかり珍重したがる。藤尾さんのようなハイカラの(そば)へ持って行くとすぐ軽蔑(けいべつ)されてしまう」
「そう阿爺(おとうさま)の悪口をおっしゃらなくってもいいわ。兄さんだって、もう書生じゃないから西洋菓子を食べたって大丈夫ですよ」
「もう叱られる気遣(きづかい)はないか。それじゃ一つやるかな。糸公も一つ御上(おあが)り。どうだい藤尾さん一つ。――しかしなんだね。阿爺(おとっさん)のような人はこれから日本にだんだん少なくなるね。惜しいもんだ」とチョコレートを塗った卵糖(カステラ)を口いっぱいに頬張(ほおば)る。
「ホホホホ一人で饒舌(しゃべ)って……」と藤尾の方を見る。藤尾は応じない。
「藤尾は何も食わないのか」と甲野さんは茶碗を口へ付けながら聞く。
「たくさん」と云ったぎりである。
 甲野さんは静かに茶碗を(おろ)して、首を心持藤尾の方へ向け直した。藤尾は来たなと思いながら、(またたき)もせず窓を通して(うつ)る、イルミネーションの片割(かたわれ)を専念に見ている。兄の首はしだいに(もと)の位地に帰る。
 四人が席を立った時、藤尾は傍目(わきめ)も触らず、ただ正面を見たなりで、女王の人形が歩を移すがごとく昂然(こうぜん)として入口まで出る。
「もう小野は帰ったよ、藤尾さん」と宗近君は洒落(しゃらく)に女の肩を(たた)く。藤尾の胸は紅茶で焼ける。
「驚ろくうちは(たのしみ)がある。女は仕合せなものだ」と再び人込(ひとごみ)へ出た時、何を思ったか甲野さんは(また)前言を繰り返した。
 驚くうちは楽がある! 女は仕合せなものだ! (うち)へ帰って寝床へ這入(はい)るまで藤尾の耳にこの二句が(あざけり)(れい)のごとく鳴った。

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