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虞美人草 十二 (6)
日期:2021-04-17 23:58  点击:301

 紫を辛夷(こぶし)(はなびら)に洗う雨重なりて、花はようやく茶に()ちかかる(えん)に、()す髪の帯を隠して、動かせば背に陽炎(かげろう)が立つ。黒きを外に、風が(なぶ)り、日が嬲り、つい今しがたは黄な(ちょう)がひらひらと嬲りに来た。知らぬ顔の藤尾は、内側を向いている。くっきりと肉の締った横顔は、(うし)ろからさす日の影に、耳を(おお)うて肩に流す(びん)の影に、しっとりとして(ほのか)である。千筋(ちすじ)にぎらついて深き(すみれ)を一面に浴せる肩を通り越して、向う側はと(のぞ)き込むとき、(まば)ゆき眼はしんと静まる。夕暮にそれかと思う(たで)の花の、白きを人は潜むと云った。髪多く余る光を椽にこぼすこなたの影に、有るか無きかの(ほっそ)りした顔のなかを、濃く引き残したる眉の尾のみがたしかである。眉の下なる切長の黒い眼は何を語るか分らない。藤尾は寄木(よせき)の小机に(ひじ)を持たせて俯向(うつむ)いている。
 心臓の扉を黄金(こがね)(つち)(たた)いて、青春の(さかずき)に恋の血潮を盛る。飲まずと口を(そむ)けるものは片輪である。月傾いて山を慕い、人老いて(みだ)りに道を説く。若き空には星の乱れ、若き(つち)には花吹雪(はなふぶき)、一年を重ねて二十に至って愛の神は今が(さかり)である。緑濃き黒髪を婆娑(ばさ)とさばいて春風(はるかぜ)に織る(うすもの)を、蜘蛛(くも)()と五彩の軒に懸けて、(みずから)と引き(かか)る男を待つ。引き掛った男は夜光の(たま)を迷宮に尋ねて、紫に輝やく糸の十字万字に、魂を(さかしま)にして、(のち)の世までの心を乱す。女はただ心地よげに見やる。耶蘇教(ヤソきょう)の牧師は救われよという。臨済(りんざい)黄檗(おうばく)は悟れと云う。この女は迷えとのみ黒い(ひとみ)を動かす。迷わぬものはすべてこの女の(かたき)である。迷うて、苦しんで、狂うて、(おど)る時、始めて女の御意はめでたい。欄干(らんかん)(ほそ)い手を出してわんと云えという。わんと云えばまたわんと云えと云う。犬は続け様にわんと云う。女は片頬(かたほ)(えみ)を含む。犬はわんと云い、わんと云いながら右へ左へ走る。女は黙っている。犬は尾を(さかしま)にして狂う。女はますます得意である。――藤尾の解釈した愛はこれである。

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