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虞美人草 十三 (3)
日期:2021-04-17 23:58  点击:294

 (えん)遅日(ちじつ)多し、世をひたすらに寒がる人は、端近く(かすり)の前を合せる。乱菊に(えり)晴れがましきを(ゆたか)なる(あご)()しつけて、面と向う障子の(あきらか)なるを(まばゆ)く思う女は入口に控える。八畳の座敷は(びょう)たる二人を離れ離れに()れて広過ぎる。間は六尺もある。
 忽然(こつぜん)として黒田さんが現れた。小倉(こくら)(ひだ)を飽くまで(つぶ)した(はかま)(すそ)から赭黒(あかぐろ)い足をにょきにょきと運ばして、茶を持って来る。煙草盆(たばこぼん)を持って来る。菓子鉢を持って来る。六尺の距離は(かた)のごとく(うず)められて、主客の位地は辛うじて、接待の道具で(つな)がれる。忽然(こつぜん)として午睡の夢から起きた黒田さんは器械的に(えにし)の糸を二人の間に渡したまま、朦朧(もうろう)たる精神を毬栗頭(いがぐりあたま)の中に封じ込めて、再び書生部屋へ引き下がる。あとは(もと)空屋敷(あきやしき)となる。
昨夕(ゆうべ)は、どうでした。疲れましたろう」
「いいえ」
「疲れない? (わたし)より丈夫だね」と甲野さんは少し笑い掛けた。
「だって、往復(ゆきかえり)共電車ですもの」
「電車は疲れるもんですがね」
「どうして」
「あの人で。あの人で疲れます。そうでも無いですか」
 糸子は丸い頬に片靨(かたえくぼ)を見せたばかりである。返事はしなかった。
「面白かったですか」と甲野さんが聞く。
「ええ」
「何が面白かったですか。イルミネーションがですか」
「ええ、イルミネーションも面白かったけれども……」
「イルミネーションのほかに何か面白いものが有ったんですか」
「ええ」
「何が」
「でもおかしいわ」と首を(かた)げて愛らしく笑っている。要領を得ぬ甲野さんも何となく笑いたくなる。
「何ですかその面白かったものは」
「云って見ましょうか」
「云って御覧なさい」
「あの、(みんな)して御茶を飲んだでしょう」
「ええ、あの御茶が面白かったんですか」
「御茶じゃないんです。御茶じゃないんですけれどもね」
「ああ」

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