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虞美人草 十三 (6)
日期:2021-04-17 23:58  点击:307

 糸子は美くしい歯を(あら)わした。
「どうせこうですわ。いつまで立ったって、こうですわ」
「そうは行かない」
「だって、これが生れつきなんだから、いつまで立ったって、変りようがないわ」
「変ります。――阿爺(おとっさん)と兄さんの(そば)を離れると変ります」
「どうしてでしょうか」
「離れると、もっと利口に変ります」
(わたし)もっと利口になりたいと思ってるんですわ。利口に変れば変る方がいいんでしょう。どうかして藤尾(ふじお)さんのようになりたいと思うんですけれども、こんな馬鹿だものだから……」
 甲野さんは世に気の毒な顔をして糸子のあどけない口元を見ている。
「藤尾がそんなに(うらやま)しいんですか」
「ええ、本当に羨ましいわ」
「糸子さん」と男は突然優しい調子になった。
「なに」と糸子は打ち解けている。
「藤尾のような女は今の世に有過ぎて困るんですよ。気をつけないと(あぶ)ない」
 女は依然として、肉余る(まぶた)二重(ふたえ)に、愛嬌(あいきょう)の露を大きな(ひとみ)の上に(したたら)しているのみである。危ないという気色(けしき)は影さえ見えぬ。
「藤尾が一人出ると昨夕(ゆうべ)のような女を五人殺します」
 (あざや)かな眸に滴るものはぱっと散った。表情はとっさに変る。殺すと云う言葉はさほどに(おそろ)しい。――その他の意味は無論分らぬ。
「あなたはそれで結構だ。動くと変ります。動いてはいけない」
「動くと?」
「ええ、恋をすると変ります」
 女は咽喉(のど)から飛び出しそうなものを、ぐっと()(くだ)した。顔は真赤(まっか)になる。
「嫁に行くと変ります」
 女は俯向(うつむ)いた。
「それで結構だ。嫁に行くのはもったいない」
 可愛らしい二重瞼がつづけ様に二三度またたいた。結んだ口元をちょろちょろと雨竜(あまりょう)の影が渡る。鷺草(さぎそう)とも(すみれ)とも片づかぬ花は依然として春を(とも)しく咲いている。

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