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虞美人草 十四 (7)
日期:2021-04-17 23:58  点击:448
「急いで出すが好い。いつの事やらじゃせっかく忙がしがる甲斐(かい)がない」
「まあ臨時応急にやりましょう」
「時にあの恩師の令嬢はね」
「ええ」
「あの令嬢についてよっぽど面白い話があるがね」
 小野さんは急にどきんとした。何の話か分らない。眼鏡の(ふち)から、斜めに宗近君を見ると、相変らず、紙屑籠(かみくずかご)()って、揚々(ようよう)と正面を向いて歩いている。
「どんな……」と聞き返した時は何となく(せい)がなかった。
「どんなって、よっぽど深い因縁(いんねん)と見える」
「誰が」
「僕らとあの令嬢がさ」
 小野さんは少し安心した。しかし何だか引っ掛っている。浅かれ深かれ宗近君と孤堂(こどう)先生との関係をぷすりと切って棄てたい。しかし自然が結んだものは、いくら能才でも天才でも、どうする訳にも行かない。京の宿屋は何百軒とあるに、何で蔦屋(つたや)へ泊り込んだものだろうと思う。泊らんでも済むだろうにと思う。わざわざ三条へ梶棒(かじぼう)(おろ)して、わざわざ蔦屋へ泊るのはいらざる事だと思う。酔興(すいきょう)だと思う。余計な悪戯(いたずら)だと思う。先方に(えき)もないのに好んで人を苦しめる泊り方だと思う。しかしいくら、どう思っても仕方がないと思う。小野さんは返事をする元気も出なかった。
「あの令嬢がね。小野さん」
「ええ」
「あの令嬢がねじゃいけない。あの令嬢をだ。――見たよ」
「宿の二階からですか」
「二階からも見た」
 もの字が少し気になる。春雨の欄に出て、連翹(れんぎょう)の花もろともに古い庭を見下(みくだ)された事は、とくの昔に知っている。今更引合(ひきあい)に出されても驚ろきはしない。しかし二階からとなると剣呑(けんのん)だ。そのほかにまだ見られた事があるにきまっている。不断なら進んで聞くところだが、何となく空景気(からけいき)を着けるような心持がして、どこでと押を強く出損(でそく)なったまま、二三歩あるく。
嵐山(らんざん)へ行くところも見た」
「見ただけですか」
「知らない人に話は出来ない。見ただけさ」
「話して見れば好かったのに」

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