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虞美人草 十四 (12)
日期:2021-04-20 00:13  点击:335
 床の抜殻は、こんもり高く、這(は)い出した穴を障子に向けている。影になった方が、薄暗く夜着の模様を暈(ぼか)す上に、投げ懸けた羽織の裏が、乏しき光線(ひかり)をきらきらと聚(あつ)める。裏は鼠(ねずみ)の甲斐絹(かいき)である。
「少しぞくぞくするようだ。羽織でも着よう」と先生は立ち上がる。
「寝ていらしったら好いでしょう」
「いや少し起きて見よう」
「何ですかね」
「風邪(かぜ)でもないようだが、――なに大した事もあるまい」
「昨夕(ゆうべ)御出(おで)になったのが悪かったですかね」
「いえ、なに。――時に昨夕は大きに御厄介」
「いいえ」
「小夜も大変喜んで。御蔭(おかげ)で好い保養をした」
「もう少し閑(ひま)だと、方々へ御供をする事が出来るんですが……」
「忙がしいだろうからね。いや忙がしいのは結構だ」
「どうも御気の毒で……」
「いや、そんな心配はちっとも要(い)らない。君の忙がしいのは、つまり我々の幸福(しあわせ)なんだから」
 小野さんは黙った。部屋はしだいに暗くなる。
「時に飯は食ったかね」と先生が聞く。
「ええ」
「食った?――食わなければ御上り。何にもないが茶漬ならあるだろう」とふらふらと立ち懸(か)ける。締め切った障子に黒い長い影が出来る。
「先生、もう好いんです。飯は済まして来たんです」
「本当かい。遠慮しちゃいかん」
「遠慮しやしません」
 黒い影は折れて故(もと)のごとく低くなる。えがらっぽい咳が二つ三つ出る。
「咳が出ますか」
「から――からっ咳が出て……」と云い懸(か)ける途端(とたん)にまた二つ三つ込み上げる。小野さんは憮然(ぶぜん)として咳の終るを待つ。
「横になって温(あった)まっていらしったら好いでしょう。冷えると毒です」
「いえ、もう大丈夫。出だすと一時(いちじ)いけないんだがね。――年を取ると意気地がなくなって――何でも若いうちの事だよ」

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