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虞美人草 十五 (16)
日期:2021-05-05 23:25  点击:254
「財産は――御前私の料簡(りょうけん)を間違えて取っておくれだと困るが――(おっか)さんの腹の中には財産の事なんかまるでありゃしないよ。そりゃ割って見せたいくらいに奇麗(きれい)なつもりだがね。そうは見えないか知ら」
「見えます」と甲野さんが云った。(きわ)めて真面目(まじめ)な調子である。母にさえ嘲弄(ちょうろう)の意味には受取れなかった。
「ただ年を取って心細いから……たった一人の藤尾をやってしまうと、(あと)が困るんでね」
「なるほど」
「でなければ一が好いんだがね。御前とも仲が善し……」
「母かさん、小野をよく知っていますか」
「知ってるつもりです。叮嚀(ていねい)で、親切で、学問がよく出来て立派な人じゃないか。――なぜ」
「そんなら好いです」
「そう素気(そっけ)なく云わずと、何か(かんがえ)があるなら聞かしておくれな。せっかく相談に来たんだから」
 しばらく罫紙(けいし)の上の楽書(らくがき)を見詰めていた甲野さんは眼を上げると共に穏かに云い切った。
「宗近の方が小野より(おっか)さんを大事にします」
「そりゃ」とたちまち出る。(あと)から静かに云う。
「そうかも知れない――御前の見た眼に間違はあるまいが、ほかの事と違って、こればかりは親や兄の自由には()かないもんだからね」
「藤尾が是非にと云うんですか」
「え、まあ――是非とも云うまいが」
「そりゃ(わたし)も知っている。知ってるんだが。――藤尾はいますか」
「呼びましょう」
 母は立った。薄紅色(ときいろ)に深く唐草(からくさ)を散らした壁紙に、立ちながら、手頃に届く電鈴(ベル)を、白きただ中に押すと、座に返るほどなきに(こたえ)がある。入口の戸が五寸ばかりそっと()く、ところを振り返った母が
「藤尾に用があるからちょいと」と云う。そっと明いた戸はそっと締る。

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