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虞美人草 十六 (11)
日期:2021-05-05 23:32  点击:278
「誰もつまると云やしないわ」
「だから兄さんを助けると思ってうんと御云い」
「だって訳も話さないで、(やぶ)から(ぼう)にそんな無理を云ったって」
「訳は(きき)さえすれば、いくらでも話すさ」
「好くってよ、訳なんか聞かなくっても、私御嫁なんかに行かないんだから」
「糸公御前の返事は鼠花火(ねずみはなび)のようにくるくる廻っているよ。錯乱体(さくらんたい)だ」
「何ですって」
「なに、何でもいい、法律上の術語だから――それでね、糸公、いつまで行っても(らち)が明かないから、()(おもい)に打ち明けて話してしまうが、実はこうなんだ」
「訳は聞いても御嫁にゃ行かなくってよ」
「条件つきに聞くつもりか。なかなか狡猾(こうかつ)だね。――実は兄さんが藤尾さんを御嫁に貰おうと思うんだがね」
「まだ」
「まだって今度(こんだ)(はじめ)てだね」
「だけれど、藤尾さんは御廃(およ)しなさいよ。藤尾さんの方で来たがっていないんだから」
「御前この間もそんな事を云ったね」
「ええ、だって、(いや)がってるものを貰わなくっても好いじゃありませんか。ほかに女がいくらでも有るのに」
「そりゃ大いにごもっともだ。厭なものを強請(ねだ)るなんて卑怯な兄さんじゃない。糸公の威信にも関係する。厭なら厭と事がきまればほかに捜すよ」
「いっそそうなすった方がいいでしょう」
「だがその辺が判然しないからね」
「だから判然させるの。まあ」と内気な妹は少し驚いたように眼を机の上に転じた。
「この間甲野の御叔母(おば)さんが来て、下で内談をしていたろう。あの時その話があったんだとさ。叔母さんが云うには、今はまだいけないが、(はじめ)さんが外交官の試験に及第して、身分がきまったら、どうでも御相談を致しましょうって阿爺(おとっさん)に話したそうだ」
「それで」
「だから好いじゃないか、兄さんがちゃんと外交官の試験に及第したんだから」
「おや、いつ」

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