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虞美人草 十六 (13)
日期:2021-05-05 23:32  点击:270
(ひど)い事を……だって坊さんになるのは、酔興(すいきょう)になるんじゃないでしょう」
「何とも云えない。近頃のように煩悶(はんもん)が流行した日にゃ
「じゃ、兄さんからなって御覧なさいよ」
「酔興にかい」
「酔興でも何でもいいから」
「だって五分刈(ごぶがり)でさえ懲役人と間違えられるところを青坊主になって、外国の公使館に詰めていりゃ気違としきゃ思われないもの。ほかの事なら一人の妹の事だから何でも聞くつもりだが、坊主だけは勘弁して貰いたい。坊主と油揚(あぶらげ)は小供の時から(きらい)なんだから」
「じゃ欽吾さんもならないだって好いじゃありませんか」
「そうさ、何だか論理(ロジック)が少し変だが、しかしまあ、ならずに済むだろうよ」
「兄さんのおっしゃる事はどこまでが真面目(まじめ)でどこまでが冗談(じょうだん)だか分らないのね。それで外交官が勤まるでしょうか」
「こう云うんでないと外交官には向かないとさ」
「人を……それで欽吾さんがどうなすったんですよ。本当のところ」
「本当のところ、甲野がね。(うち)と財産を藤尾にやって、自分は出てしまうと云うんだとさ」
「なぜでしょう」
「つまり、病身で御叔母(おば)さんの世話が出来ないからだそうだ」
「そう、御気の毒ね。ああ云う方は御金も家もいらないでしょう。そうなさる方が好いかも知れないわ」
「そう御前まで賛成しちゃ、先決問題が解決しにくくなる」
「だって御金が山のようにあったって、欽吾さんには何にもならないでしょう。それよりか藤尾さんに上げる方が()ござんすよ」
「御前は女に似合わず気前が好いね。もっとも人のものだけれども」
「私だって御金なんかいりませんわ。邪魔になるばかりですもの」
「邪魔にするほどないからたしかだ。ハハハハ。しかしその心掛は感心だ。尼になれるよ」
「おお(いや)だ。尼だの坊さんだのって大嫌い」
「そこだけは兄さんも賛成だ。しかし自分の財産を棄てて吾家(わがいえ)を出るなんて馬鹿気(ばかげ)ている。財産はまあいいとして、――欽吾に出られればあとが困るから藤尾に養子をする。すると(はじめ)さんへは上げられませんと、こう御叔母(おば)さんが云うんだよ。もっともだ。つまり甲野のわがままで兄さんの方が破談になると云う始末さ」

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