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有一天(8)
日期:2021-07-30 01:14  点击:336
「まあ、御免遊ばせ」
 そしてすっと開きから出て行った。
 又、彼女は、食事の前後以外には、どんなに食事部屋でがたがた物を動す音がしても、決して自分の部屋から出ないと云う主義を持っていた。
 彼女の部屋の硝子から、此方に著たきりの派手な羽織のこんもりと小高い背を見せたまま別の世界の住人のように無交渉に納っている。
 千代が、さしずをされずに拵えるものは、何でもない、彼女自身の大好物な味噌おじや丈だとわかったとき、さほ子は、良人の寝台の上に突伏し声を殺して笑い抜いた。
 千代は、美しい眉をひそめながらぴんと小指を反せて鍋を動し、驚くほどのおじやを煮た。そして、行儀よく坐り、真面目な面持ちで鮮やかに其等を皆食べて仕舞うのであった。
「仕様がないじゃあないか、あれでは」
 到頭、彼が言葉に出した。
「置けまい?」
「――だけれど、もう三十日よ」
 さほ子は、良人の顔を見た。彼は目を逸し、当惑らしく耳の裏をかいた。
「けれども。――駄目なものなら早く片をつけた方がいいよ。いつ迄斯うしていたって」
 隅の椅子から、彼女は怨むように云った。
「――貴方仰云って頂戴。始めからの責任があるんだから」
「出ろって?」
 さほ子は合点をした。
「僕じゃあ角立つよ。お前が云った方がいい、正直に訳を云って。――已を得ないじゃあないか」
「……」
 さほ子は、夜の部屋の中をぶらぶら彼方此方に歩き出した。彼は不安げな眼でそのあとをつけた。
「私、出て行けって云うのは辛いわ。ましてあの人は、やっといる処が出来たって喜んでいるんですもの」
 程経って、彼が思い出したように云った。
「けさ、はがきが来ていたろう? あれの処へ」
「来ていたわ。――牛込から。……女の名だったけれども男よ」
「何かなんだろう?」
「そうだわ、きっと」
「――じゃ、帰る処はあるじゃあないか」
 二人は又黙り込んだ。
 卓子の上のスタンドが和らかな深い陰翳をもって彼の顔半面を照し出した。彼方側を歩いているさほ子の顔は見えず、白い足袋ばかりがちらちら薄明りの中に動いて見えた。
 十分ばかりも経った時、さほ子はやっと沈黙を破った。
「それじゃ、私斯うするわ。ね、貴方はこれから何処かへ転地なさるのよ」
「え? 誰が?」
「貴方が転地をなさるのよ」
 さほ子は、頭の中から考えを繰り出すように厳かに云った。
「お医者に云われたことにするの。私も一緒に行かなければならないから、留守番が入用()るでしょう? あの人じゃ、独りで置けないわ。ね。だから、れんを又呼んで、代って貰うことにするの」

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