そして、宿から半里程のある小高い崖の頂上へ辿りつき、私はそこでじっと夕闇の迫って来るのを待っていました。その崖の真下には汽車の線路がカーブを描いて走っている、線路の向う側はこちらとは反対に深いけわしい谷になって、その底に一寸した谷川が流れているのが、霞む程遠くに見えています。
暫くすると、予め定めて置いた時間になりました。私は、誰れも見ているものはなかったのですけれど、態々一寸つまずく様な恰好をして、これも予め探し出して置いた一つの大きな石塊を蹴飛しました。それは一寸蹴りさえすればきっと崖から丁度線路の上あたりへころがり落ちる様な位置にあったのです。私は若しやりそこなえば幾度でも他の石塊でやり直すつもりだったのですが、見ればその石塊はうまい工合に一本のレールの上にのっかっています。
半時間の後には下り列車がそのレールを通るのです。その時分にはもう真暗になっているでしょうし、その石のある場所はカーブの向側なのですから、運転手が気附く筈はありません。それを見定めると、私は大急ぎで、M駅へと引返し(半里の山路ですからそれには十分三十分以上を費しました)そこの駅長室へ這入って行って「大変です」とさも慌てた調子で叫んだものです。
「私はここへ湯治に来ているものですが、今半里計り向うの、線路に沿った崖の上へ散歩に行っていて、坂になった所を駈けおりようとする拍子にふと一つの、石塊を崖から下の線路の上へ蹴落して了いました。若しあそこを列車が通ればきっと脱線します。悪くすると谷間へ落ちる様なことがないとも限りません。私はその石をとりのけ様と色々道を探したのですけれど、何分不案内の山のことですから、どうにもあの高い崖を下る方法がないのです。で、ぐずぐずしているよりはと思って、ここへ駈けつけた次第ですが、どうでしょう。至急あれを、取りのけて頂く訳には行きませんでしょうか」
と如何にも心配そうな顔をして申しました。すると駅長は驚いて、
「それは大変だ、今下り列車が通過した処です。普通ならあの辺はもう通り過ぎて了った頃ですが……」
というのです。それが私の思う壺でした。そうした問答を繰り返している内に、列車顛覆死傷数知らずという報告が、僅かに危地を脱して駈けつけた、その下り列車の車掌によって齎らされました。さあ大騒ぎです。
私は行がかり上一晩Mの警察署へ引ぱられましたが、考えに考えてやった仕事です。手落ちのあろう筈はありません。無論私は大変叱られはしましたけれど、別に処罰を受ける程のこともないのでした。あとで聞きますと、その時の私の行為は刑法第百二十九条とかにさえ、それは五百円以下の罰金刑に過ぎないのですが、あてはまらなかったのだそうです。そういう訳で、私は一つの石塊によって、少しも罰せられることなしに、エーとあれは、そうです、十七人でした。十七人の命を奪うことに成功したのでした。
皆さん。私はこんな風にして九十九人の人命を奪った男なのです。そして、少しでも悔ゆる所か、そんな血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了って、今度は自分自身の命を犠牲にしようとしている男なのです。皆さんは、余りにも残酷な私の所行に、それその様に眉をしかめていらっしゃいます。そうです。これらは普通の人には想像もつかぬ極悪非道の行いに相違ありません。ですが、そういう大罪悪を犯してまで免れ度い程の、ひどいひどい退屈を感じなければならなかったこの私の心持も、少しはお察しが願い度いのです、私という男は、そんな悪事をでも企らむ他には、何一つ此人生に生甲斐を発見することが出来なかったのです。皆さんどうか御判断なすって下さい。私は狂人なのでしょうか。あの殺人狂とでもいうものなのでしょうか。
红房子(12)
日期:2021-08-08 04:11 点击:318