土色の男のからだであった。目が血ばしって赤く、唇がまっ青だった。頸から胸にかけて、黒い血が凝固していた。頭にも胸にも腿にもほんとうの毛が植えてあった。
「これもほんとうの人間から型を取ったのですか」
蘭堂は声が震えないように用心しなければならなかった。
「そうです。生きた人間からです。まさか死骸からではありませんよ」
伴天連爺さんは、そういってから、フフと笑った。
その次には、皮膚病の半身像や、変てこな局部像が、いろいろ並んでいた。並んでいるというよりは、ころがっていた。ひどく生き生きとして、今にも動き出しそうなものもあった。
「このつぎに、面白いものがあります。蝋燭を消しますよ。でないと、感じが出ないのです」
フッと火が消えて、まっ黒なビロードに包まれた感じであった。突然めくらになったように、まったく何も見えなかった。
「さア、両手を出して、さわってごらんなさい。目で見てはちっとも美しくないけれども、手でさわれば、たまらない美しさです。わたしが考え出した類のない美術品です。ですから、夜をえらんだのですよ。先生にわざと夜来ていただいたのです。目で見ないで、手だけで見るというのには、昼間はぐあいがわるいですからね。これは手で見るのですよ。つまり触覚の美術です」
蘭堂はいわれるままに、オズオズとそれにさわって見た。冷たいなめらかな肌であった。
「もっと手をのばして、全体をなでまわしてごらんなさい」
だんだん手をのばして行くと、それは人間のからだに似たものであることがわかった。しかし、普通の人間ではない。手が何本もある。足が何本もある。肉体の山と谷が無数にある。
はじめは薄気味がわるかった。不快でさえあった。だが、なでまわしているうちに、神経の底から妙な感じが湧き上がって来た。今まで一度も経験しなかった不思議な快感であった。そこには、想像し得るあらゆる美しい曲線が、微妙に組合わされていた。スベスベした、なだらかな運動感があった。手が自然にすべって行く、そのすべり方に、異様な快感があった。それは触覚だけでなくて運動感覚にも訴える美しさであった。
老人は暗闇の中で、息の音も立てないで、小説家の感動を感じ取ろうとしていた。蘭堂の両の手が、はじめはゆるゆると、やがて、徐々に速度を増して、ついには恐ろしい早さで、その物体の上を、這いまわった。恍惚として、時のたつのも忘れて、這いまわった。
「すばらしい。これはすばらしいですよ。ぼくはこんな美しいものに初めてさわりました。これは何という微妙な曲線でしょう。いったい、どんな法則から割り出した曲線でしょう。……」
闇の中から、老人のフフという笑い声がした。
「さっきから、もう三十分もたちましたよ。ずいぶんお気に入ったものですね。さア、つぎに移りましょう。もっとお見せするものがあるのです」
恶灵物语(5)
日期:2021-08-26 23:57 点击:295