次は口だ。口紅ばかりいくら赤くしても、口辺の筋肉が力なくだれてしまって生気がない。そこで、唇の両端を指でギュッと上に押し上げたまま、二十分程も、じっと辛抱していると、已に強直の起り始めた筋肉は、そのまま形を変えて、如何にも嬉しげな笑いの表情となった。
死骸がにこやかに笑い出したのだ。
「アア、あでやかあでやか、これで申分はない。さて、今度は頭の番だ」
彼は娘の死体を抱き起して、大トランクに凭せかけ、手際よく髪を結い始めた。髪の道具もちゃんとトランクの中に用意してあったのだ。
仮令美術家にもせよ、髪まで結うとは、驚いた男だ。しかも、一時間程で結い上げたのは、専門家でも骨の折れる、立派やかな高島田であった。
顔を作り、髪を上げると、今度はトランクに用意して置いた婚礼衣裳の着附けである。扱い悪い死骸を相手に、一人では随分骨が折れたが、派手な紋服に金襴の帯もシャンと結べた。
それから、やっぱり用意してあった対の掛物を床の間にかけ、花瓶を置き、二枚の座蒲団を正面に並べ、その一つに、盛装の花嫁をチンと据えた。倒れぬ様に花嫁御のお尻に、トランクの支柱棒だ。
すっかり準備が整う頃には、白々と夜が明け放れた。
それから数時間の後、午前十時という約束かっきりに、例のゴリラが意気揚々と乗り込んで来た。
「どうですい、この花婿姿は」
彼は座敷に通ると、先ず我が姿を見せびらかした。
紋附に仙台平の袴、純白の羽織の紐が目立つ。
「すてきだ。一分の隙もない花婿様だ。ところで、写真屋の方は?」
「もう来る時分です。やっぱり十時と云って置きましたから。……」
と云いさして、紋附袴のゴリラはギョッとした様に言葉を切た。
「オイオイ、何をそんなにびっくりしているんだね」
「アレ」ゴリラはどもりながら、「アレが例の仏様ですかい。アレが」
彼が驚くのも無理ではない。床の間を背にして、シャンと坐っている花嫁御は、どう見ても死人とは思われぬ。唇をキュッとゆがめてニッコリ笑っている顔の愛らしさ。今にも両手をついて、目の縁をポッと赤くして、小笠原流のご挨拶でも始め相に見えるのだ。
恐怖王-可怕的婚礼(2)
日期:2021-08-26 23:57 点击:305