布引氏は怒気を含んで云い放った。
「併し、写真のトリックがこんなにうまく行く筈はありません。盛装した女の胴体に、お嬢さんの顔丈けを貼りつけたのかと思って、よく調べて見ましたが、そんな細工のあとは少しもないのです。確かに本物です。それに、この台紙には写真館の名が印刷してあります。電話番号まで書いてあります。この写真屋を呼んで聞けばすぐ分ります」
「ハハハ……。写真屋を呼ぶまでもない。わしが断言する。娘は決してこんな男と婚礼なんかした事はない」
「でも、念のためです。若しいたずらだとしたら、そいつを見つけだして、こらしめてやらねばなりません。それにつけても、一応写真屋に問い訊す必要があると思います」
云われて見れば、如何にもその通りだ。仮令死者とは云え、娘がこの様な侮辱を受けたのを、捨てて置く訳には行かぬ。
そこで台紙に記してある写真館に電話をかけて、主人を呼び寄せることになった。
間もなく、読者には已に顔なじみの写真師が鞠躬如として大銀行家の応接間に現われた。
「この写真を撮った覚えがあるか」と差出された例の写真を一目見ると、彼は直様思い出して答えた。
「記憶しております。つい四五日前に出張撮影したものでございます。非常なお急ぎでございまして、殆ど修整抜きで焼きつけました様な次第で、エエと、お名前はたしか、荒目田さんとおっしゃいました。変ったお名前だったものですからよく記憶して居ります」
写真師は愛想よく、ペラペラと喋った。
「何だって? 四五日前だって? そんな馬鹿な、どうして写真なぞとれるものか。だが、一体どこで写したのだね」
「牛込区S町の古いお屋敷でございました。エエと、あれは……そうそう、思い出しました。この前の日曜日でございます。子供達の学校が休みであったのを、よく覚えて居ります」
「エ、日曜日だって?」
布引氏と鳥井青年が、殆ど同時に叫んだ。
「それは君、本当かね」
「ハア決して間違いはございません。午後になって小雨がふり出しました、あの日でございます」
確かに最近午後に小雨が降った日と云えば、日曜の外にはないのだ。
「君、冗談を云っているのじゃあるまいね。この写真の女はわしの娘なのだ。急病でなくなって、今日が八日目だ。分ったかね。ここに写っている花嫁は、先週の木曜日になくなって、土曜日に火葬にしたのだ。その死人が、火葬になった翌日の日曜日に、こんな盛装をして、お嫁入りをするということが、あり得るだろうか」
「エ、エ、何でございますって?」
今度は写真師の方がたまげてしまった。
恐怖王-鸟井青年(2)
日期:2021-08-26 23:57 点击:303