尾行曲線
飛行機は飛び去っても、彼の残した煙幕文字は、ボヤン、ボヤンと無限に大きく拡がりながら、いつまでも怪しい蜃気楼の様に、大空に漂っていた。
大江蘭堂は、余りにも大がかりな悪魔のプロパガンダに度肝を抜かれたのか、群集が立ち去ったあとまでも、ボンヤリと海岸に佇んでいたが、ふと気がつくと、十間ばかり向うの波打際に、彼を見つめて立止っている、妙な人物を発見した。
「妙だ、あいつはなぜ、俺を見つめているんだろう」
ムラムラと疑念が湧き上った。
蓬の様な頭髪、ボロボロの古布子、繩を結んだ帯。乞食かしらん、だが、乞食がなぜあんなに彼を見つめていたのだろう。
こちらもじっと睨みつけてやると、乞食みたいな男は、気拙そうにそっぽを向いて、トボトボと歩き出した。歩きながら、チラッチラッと振返る。その様子が如何にも怪しいのだ。
蘭堂はあきらめ切れないで、つい乞食のあとを追って歩き出した。
広い砂浜を、右に左に、時には逆戻りさえしながら、乞食はいつまでも歩いて行く。その歩きぶりは、全くあてのない散歩でもしている様に見えるが、こうして蘭堂を退屈させて、尾行を思切らせる算段かも知れない。
グルグル廻りながら、やがて砂浜を三十分も歩いたであろうか、ふと気がつくと、高い石垣の上で、五六人の子供が騒いでいた。彼等は乞食と蘭堂を指さして、しきりと何か囃し立てているのだ。
「あれ字だよ。伯父さん達字を描いているんだよ。君、読めるかい」
「読めらい、あれ、英語のKって字だい」
この異様な会話が、蘭堂の小耳を打った。子供等は一体何を云っているのだろうと、うしろを振返って見ても、別に文字らしいものは見当らぬ。だが「Kという字」の一言は聞捨てにならぬ。
彼はふとある事を感づいて、急な坂道を、高い石垣の上へ駈け上って行った。
「オイ君達何を云っているの? どこに字があるの?」
子供等に尋ねると、
「ワーイ、伯父さん自分でかいた癖に知らないのかい。ホラごらん、あれだよ、あれだよ」