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恐怖王-片手美人(1)
日期:2021-08-29 23:51  点击:265

片手美人
 京子の居間は、十畳程の洋室で、一方の隅には彫刻のある書きもの机、廻転椅子、書棚(など)が置かれ、別の隅には、贅沢な化粧台、又別の隅には大きな竪型のピアノが黒く光っていた。
 蘭堂は伯爵夫妻とその部屋に這入って行ったが、流石は探偵小説家、まず絨氈(じゅうたん)に目を注いだ。
 焦茶色に黒い模様の、深々と柔かい立派な絨氈だ。彼はその上を歩き廻って、注意深く調べていたが、ある箇所に立止ると、ヒョイと身をかがめて、
「これは何でしょう?」
 と、その部分を指で押し試みた。
 絨氈が黒っぽいので気附かなかったが、よく見ると成程、ボンヤリと大きなしみが出来ている。
 蘭堂は、人差指に(つば)をつけて、強く絨氈をこすって、その指を電燈にかざして見た。
「ごらんなさい。血です。やっぱりそうだった」
 彼は青ざめた顔を、激情に歪めて云った。
「エ、血ですって? では京子はもしや……、アアあなたは何もかも御存知なんでしょう。早くおっしゃって下さい。あれは殺されたのですか」
 伯爵夫人が、もう泣き声になって、わめき立てた。
「イヤ、僕もすっかりは知らないのです。ただ……」
「ただ、どうだとおっしゃるのです」
「ただ、ある所で京子さんの右の腕を見たんです。確に見覚(みおぼえ)のある、お嬢さんの手首を見たんです。肘の所から切落(きりおと)された腕丈けを」
「マア!」
 と叫んだ切り、夫人はあとを云う力もなくグッタリと椅子に倒れて、顔を押えてしまった。
「それはどこです。まさか出鱈目(でたらめ)じゃないでしょうね」
 伯爵も上ずった声である。
「僕の思違いであってくれればいいがと、心も空にお邸へかけつけたのです。併し、この血の様子ではあれはやっぱりそうなんだ。京子さんは『恐怖王』にやられたんだ」
「エ、エ、君は今何と云ったのです。誰にやられたんです」
「恐怖王。御存知でしょう。今世間で騒いでいる殺人鬼恐怖王です。そのお嬢さんの腕には『恐怖王』と入墨がしてあったのです」
 その途端、「クウ」という様な奇妙な声がしたかと思うと、伯爵夫人の身体が、バッタリ椅子からくずれ(おち)た。余りの驚きに気を失ったのだ。
 そこで女中や書生を呼ぶやら、気つけの洋酒を呑ませるやら、大騒ぎになったが、夫人は間もなく意識を恢復(かいふく)して、やっぱり怖い話を聞きたがった。伯爵が寝室へ行く様に勧めても、娘の生死が分るまではと(がえん)じなかった。


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