洞窟の怪異
タルにつめこまれた賢吉少年は、あまりのおどろきに、しばらくは、気をうしなったようになっていましたが、やがて、じぶんのはいっているタルが、ゆらゆらと、はげしくゆれていることが、わかりました。
「きっと海へなげこまれたんだ。そして、波のまにまにただよっているんだ。」
と、さとりました。
ああ、なんという、心ぼそい身の上でしょう。タルには少しのすきまもないのですから、ないてもわめいても、だれにも聞こえるはずはありません。
「おとうさん! おかあさん! 小林さーん!」
聞こえないとわかっていても、ひとりでに、口から出てくるのです。賢吉君は、いくどもいくども、声をかぎりに、叫びました。
そのうちに、とつぜん、タルのゆれかたが、かわってきたのに気づきました。いままでは、ゆらゆらとただよっていたのですが、それが、きゅうに、一方へ走りだしたようなかんじがするのです。波をのりこえ、おそろしい、いきおいで、進んでいるのです。なんだかひじょうなスピードの快速艇に、ひっぱられているような気持です。
ひっぱられるにつれて、タルはくるくるまわるのです。賢吉君のからだも、上をむいたり、横をむいたり、たえずくるくるとまわっています。そのたびに、からだのどこかが、タルにぶつかるので、その苦しさといったらありません。
賢吉君は、こんな苦しいおもいをするぐらいなら、はやく死んでしまったほうがいいとおもいました。
そのうち、からだが、むちゃくちゃに、ゆれるだけでなく、なんだか、いきが苦しくなってきました。水もしみこまないほど、しっかり、ふたをしたタルですから、空気が悪くなってきたのです。つまり、酸素がすくなくなって、いきぐるしいのです。このまま、ながくタルの中にいたら、ほんとうに死んでしまうでしょう。
それから、どれほど時間がたったのか、もう、むがむちゅうでした。ふと気がつくと、タルがすこしも動かなくなっていました。いままで、ゆれにゆれていたのが、ピッタリとまったので、耳がジーンとして気味がわるいほど、しずかになりました。すると、またタルがスーッと、もちあげられでもしたように動いて、それから、ゆらゆらとゆれましたが、波に浮いているのと、ちがったかんじでした。
それから、頭の方で、ガン、ガンと、おそろしい音がしたかとおもうと、サーッと、つめたい空気が、流れこんできました。タルのふたが、ひらかれたのです。賢吉君は、その空気をすったとき、じつに、おいしいとおもいました。空気が、こんなにおいしいものだとは、ゆめにも知りませんでした。
だれかが賢吉君をだきあげて、タルの外に出してくれました。見ると、それは、服はちがっていましたけれど、さっきの、悪ものの水夫でした。
それよりも、びっくりしたのは、いまいる場所です。そこは、山の中の、ほら穴のようなところでした。でこぼこの、黒っぽい岩のトンネルのようなかんじです。賢吉君は、どろぼうのいわやの中へ、つれこまれたのではないかとおもいました。