のろいの宝石
さて、門の前に遊んでいた女の子がさらわれた、その夜のことです。篠崎始君のおとうさまは、ひじょうに心配そうなごようすで、顔色も青ざめて、おかあさまと始君とを、ソッと、奥の座敷へお呼びになりました。
始君は、おとうさまの、こんなうちしずまれたごようすを、あとにも先にも見たことがありませんでした。
「いったい、どうなすったのだろう。なにごとがおこったのだろう。」
と、おかあさまも始君も、気がかりで胸がドキドキするほどでした。
おとうさまは座敷の床の間の前に、腕組みをしてすわっておいでになります。その床の間には、いつも花びんのおいてある紫檀の台の上に、今夜はみょうなものがおいてあるのです。
内がわを紫色のビロードではりつめた四角な箱の中に、おそろしいほどピカピカ光る、直径一センチほどの玉がはいっています。
始君は、こんな美しい宝石が、おうちにあることを、今まで少しも知りませんでした。
「わたしはまだ、おまえたちに、この宝石にまつわる、おそろしいのろいの話をしたことがなかったね。わたしは、そんな話を信じていなかった。つまらない話を聞かせて、おまえたちを心配させることはないと思って、きょうまでだまっていたのだ。
けれども、もう、おまえたちにかくしておくことができなくなった。ゆうべからの少女誘かいさわぎは、どうもただごとではないように思う。わたしたちは、用心しなければならぬのだ。」
おとうさまは、うちしずんだ声で、何かひじょうに重大なことを、お話になろうとするようすでした。
「では、この宝石と、ゆうべからの事件とのあいだに、何か関係があるとでもおっしゃるのでございますか。」
おかあさまも、おとうさまと同じように青ざめてしまって、息を殺すようにしておたずねになりました。
「そうだよ。この宝石には、おそろしいのろいがつきまとっているのだ。その話がでたらめでないことがわかってきたのだ。
おまえも知っているように、この宝石は、一昨年、中国へ行った時、上海である外国人から買いとったものだが、その値段がひどくやすかった。時価の十分の一にもたらない、五万七千円という値段であった。
わたしは、たいへんなほりだしものをしたと思って、喜んでいたのだが、あとになって、別のある外国人がソッとわたしに教えてくれたところによると、この石には、みょうないんねん話があって、その事情を知っているものは、だれも買おうとしないものだったから、それで、こんなやすい値段で、手ばなすことになったのだろうというのだ。
そのいんねん話というのはね……。」
おとうさまは、ちょっとことばを切って、ふたりにもっとそばへよるようにと、手まねきをなさいました。