銀色のメダル
小林君は、まるでキツネにつままれたような気持でした。さいぜん、篠崎家の門前で、自動車に乗るときには、秘書も運転手も、たしかに白い日本人の顔でした。いくらなんでも、運転手がインド人とわかれば、小林君がそんな車に乗りこむわけがありません。
それが、十分も走るか走らないうちに、今まで日本人であったふたりが、とつぜん、まるで早がわりでもしたように、まっ黒なインド人に化けてしまったのです。これはいったい、どうしたというのでしょう。インドには世界のなぞといわれる、ふしぎな魔術があるそうですが、これもその魔術の一種なのでしょうか。
しかし、今は、そんなことを考えているばあいではありません。緑ちゃんを守らなければならないのです。どうかして自動車をとびだし、敵の手からのがれなければなりません。
小林君は、やにわに緑ちゃんを小わきにかかえると、ドアをひらいて、走っている自動車からとびおりようと身がまえました。
「ヒヒヒ……、だめ、だめ、逃げるとうちころすよ。」
黒い運転手が、片言のような、あやしげな日本語でどなったかと思うと、ふたりのインド人の手が、ニューッとうしろにのびて、二丁のピストルの筒口が、小林君と緑ちゃんの胸をねらいました。
「ちくしょう!」
小林君は、歯ぎしりをしてくやしがりました。自分ひとりなら、どうにでもして逃げるのですが、緑ちゃんにけがをさせまいとすれば、ざんねんながら、相手のいうままになるほかはありません。
小林君が、ひるむようすを見ると、インド人は車をとめて、助手席にいたほうが、運転台をおり、客席のドアをひらいて、まず緑ちゃんを、つぎに小林君を、細引きでうしろ手にしばりあげ、そのうえ、用意の手ぬぐいで、ふたりの口にさるぐつわをかませてしまいました。
その仕事のあいだじゅう、席に残った運転手は、じっとピストルをさしむけていたのですから、抵抗することなど、思いもおよびません。
しかし、ふたりのインド人は、それを少しも気づきませんでしたけれど、小林君は、相手のなすがままにまかせながら、ちょっとのすきをみて、みょうなことをしました。
それは、今井君に化けたインド人が、緑ちゃんをしばっているときでしたが、小林君はすばやく右手をポケットにつっこむと、何かキラキラ光る銀貨のようなものを、ひとつかみ取りだして、それを、相手にさとられぬよう、ソッと、車のうしろのバンパーのつけねのすみにおきました。インド人にみつからぬよう、ずっとすみのほうへおいたのです。
ちょっと見ると百円銀貨のようですが、むろん銀貨ではありません。何か銀色をした鉛製のメダルのようなものです。数はおよそ三十枚もあったでしょうか。
インド人は、さいわいそれには少しも気がつかず、ふたりにさるぐつわをしてしまうと、ドアをしめて、もとの運転席にもどりました。そして、車はまたもや、人家もみえぬさびしい広っぱを、どこともなく走りだしたのです。