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湖畔亭事件(14)
日期:2021-10-19 23:43  点击:279

十四


 善後の処置は、この(うち)の主人である私が、どうともするから、あなた方は一応部屋に引取ってくれ、そして、余り騒がない様にしてくれと、主人はあくまで隠蔽(いんぺい)主義でありました。河野と私とは、邪魔者扱いにされてまで、この事件に容喙(ようかい)することもありませんので、兎も角も私の部屋まで引上げました。
 私としては、何よりも先ず、例の覗き眼鏡の装置が心配でした。といって昼日中(ひるひなか)、それを取りはずすことは出来ません。
「ナニ、ここからでも、彼等が何をしているか、よく見えますよ」
 私の気も知らないで、河野はかぶせてあった外套を取って、又しても鏡を覗いているのです。
「何というすばらしい仕掛けでしょう、ホラ、御覧なさい。主人の仏頂面(ぶっちょうづら)が大きく写っていますよ」
 仕方がないので、私もそこを覗いて見ますと、成程、鏡の中では、太っちょの主人の半顔が、厚い唇を動かして、今何かいっている所でした。それが殆ど鏡の三分の一程の大きさに拡大されて写っているのです。
 先にもいった通り、覗き眼鏡で見る景色は、丁度水中に潜って目を開いた世界の様に、異様に(よど)んで、いうにいわれぬ凄味(すごみ)を添えているのです。時が時でもあり、ゆうべの恐しい記憶がまだ去らぬ私には、そこに写っているかったいの様な主人の顔から、いきなりタラタラと血が流れそうな気さえして、殆ど見るに耐えないのでありました。
「あなたはどう思います」暫くすると、河野は鏡から顔を上げていいました。「もし本当に長吉という芸者が行方不明だとすると、どうやら十一番の客というのが怪しくはないでしょうか。僕は知っていますが、その二人の男は四五日(ぜん)から泊っていたのですよ。余り外へも出ないで、時々芸者などを呼んでも、大きい声を出すでなく、大抵(たいてい)はひっそりとして、何をしているか分らないのです。ちっとも遊覧客らしくないのです」
「しかし、彼等が怪しいとしても、この土地の芸者を殺すというのも変ですし、それに、たとえ殺したところで、その死体をどこへ隠すことが出来たのでしょう」
 私は、もやもやと湧き上って来る、ある恐しい考えを打消し打消し、心にもなくそんなことをいいました。
「それは、湖水へ投げ込んだのかも知れません。それとも又……彼等の持っていたトランクというのはどの位の大きさだったでしょう」
 私はギョッとしながら、しかし答えない訳には行きませんでした。
「普通のトランクでは、一番大型の奴でした」
 河野はそれを確めると、何か合図でもする様に、私の目を覗きました。いうまでもなく彼もまた、私と同じ考えを抱いているのです。二人は黙って睨み合っていました。それは口に出すには余りに恐しい想像だったのです。
「しかし、普通のトランクでは、とても人間一人は入りませんね」
 やがて、河野は青ざめた目の下をピクピクさせながらいうのでした。
「もうその話は、止そうじゃありませんか。まだ誰が殺したとも、いや殺人があったということさえ(きま)っていないのですから」
「そうはいっても、あなたもやっぱり私と同じことを考えているのでしょう」
 そして私達は、又黙り込んでしまいました。
 一番恐しいのは、一人の人間を、二つのトランクに分けて入れたという想像でした。それは誰にも気づかれぬ様に、浴場の流し場で、死体を処理することは出来たかも知れません。そこではどんなに(おびただ)しい血潮が流れても、皆湖水の中へ注ぎ込んでしまうのです。しかし、そこで彼等は、長吉の死体をまっ二つに切断したのでしょうか。私はそれに思い及んだ時、ヒヤリと自分の背骨に(おの)()がささった様な痛みを感じました。彼等は一体何を(もっ)てそれを切断したのでありましょう。あらかじめ兇器を用意していたか、それとも庭の隅から斧でも盗み出して来たのか。
 一人は入口のドアの所で見張り番を勤めたかも知れません。そして、一人は流し場で、(なまめ)かしい女の死体を前に、斧をふり上げていたかも知れません。
 読者諸君、私の余りにも神経過敏な想像を笑わないで下さい。あとになって考えて見れば、おかしい様なことですけれど、その時の私達は、その血腥(ちなまぐさ)い光景をまざまざと目の前に描いていた訳なのです。
 さて、その日の午後になりますと、事件は(ようや)く現実味を帯びて来ました。長吉の行方は、中村家でも手を尽して探したらしいのですが、依然(いぜん)として不明です。湖畔亭の帳場には、村の駐在所の巡査を初めとして、麓の町の警察署長や刑事などが、続々とつめかけて来ました。噂はもう村中にひろがり、宿の表は一ぱいの人だかりです。主人の心遣(こころづか)いにも(かかわ)らず、湖畔亭殺人事件は、既に表沙汰(おもてざた)になってしまいました。
 いうまでもなく、河野と私とは、事件の発見者として、きびしい訊問(じんもん)を受けなければなりませんでした。先ず河野が、血痕を発見した当時の模様を詳しく陳述して引き下ると、次に私が署長の面前に呼び出されましたが、私はそこで河野の喋ったことを、更に又繰返すのでありました。
 訊問が一通り済んでしまってから、署長はふと気がついた様に、こんなことをいいました。
「だが、君達は、どうして湯殿へ行って見たのだね。まだ湯も沸いていなかったそうだが、そこへ何をしに入ったのだね」
 私はハッと答えに(つま)りました。

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