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妖怪博士-妖术
日期:2021-10-25 23:48  点击:312

妖術


「ハハハ……、なあに心配しないでもいいよ。きみをとって食おうというのではない。ただな、きみにちょっとおもしろいものを見せてあげようと思うのさ。」博士は、大きなロイドめがねの中から、泰二君の上気(じょうき)した顔を、じっと見つめながら、みょうなことをいいました。
「おもしろいものですって?」
「ウン、そうだよ。」
「そんなもの見たくありません、ぼく、帰ります。」
「ハハハ……、帰るといっても、わしがゆるさんよ。」
「でも、帰るんです。」泰二君は、決心の色をうかべて、強くいいはなちました。
「ハハハ……、帰れるものなら帰ってごらん。そら、これでもきみは帰るというのかね。」博士はいいながら、ソッと机の下がわにしかけてあるボタンをおしました。すると、どうでしょう。泰二君の立っていた床板が、とつぜん、ガタンと落ちこんで、まっくらな四角な穴があき、アッと思うまに、泰二君のからだは吸いこまれるように、その中へ消えうせてしまいました。
 おとし穴です。博士はさいぜんから、泰二君が、そのおとし穴の上に立つのを、待ちかまえていたのでした。
 泰二君のさけび声が、ひじょうな早さで、地の底に消えていきますと、落ちこんでいた床板が、ギーと、もとにもどって、部屋の中はなにごともなかったかのように静まりかえってしまいました。
「ウフフフ……、これでよしと。」博士はさも満足そうに、そんなひとりごとをいって、ゆっくりイスから立ちあがりました。そして、うしろの高い書だなに近づいて、大きな洋書を二冊ぬきだし、そのあとの穴へ手を入れて、何かゴトゴトやっていましたが、すると、書だなの一部分が、まるでとびらででもあるように、グーッと奥のほうへひらきはじめたではありませんか。ここにもまた、みょうな機械じかけがあって、書だなの奥に秘密の部屋ができていたのです。
 博士はそのまっくらなせまい密室にはいりますと、書だなのとびらをもとにもどしておいて、電灯のスイッチをひねりました。なんという奇妙な部屋でしょう。いっぽうのすみには、三、四十もひきだしのある大きな台があって、その上に床屋さんにあるような、りっぱな鏡が立っています。
 それから、四ほうの壁には、いく十組ともしれぬ洋服、和服、がいとう、帽子などが、古着屋さんの店のように、つりさげられ、その下には、いろいろな形の靴、ぞうり、げた、こうもりなどが、ズラリとならんでいるのです。
 博士はそこにはいりますと、いきなり黒い(ころも)のようなものをぬぎすて、シャツ一枚になって、鏡の前のイスに腰かけました。それから、じつにふしぎなことがはじまったのです。博士はまず、めがねをはずして、台の上におきますと、両手で半白の髪の毛をつかみ、まるで帽子でもぬぐように、スッポリととりはずしたかと思うと、こんどは口ひげと三角形のあごひげに手をかけ、これもメリメリと、ひきはがしてしまいました。
 ああ、なんということでしょう。博士は二重の変装をしていたのです。さいぜんまでは、きたならしい乞食じいさんに化けていて、その変装をといたかと思うと、その下にまだ、かつらやつけひげがあったのです。
 それをとりさってしまった、今の姿こそ、ほんとうの蛭田博士にちがいありません。見れば黒々とした髪の毛、つやつやとした顔の色。老人どころか、まだ三十歳を少しこしたばかりの若者です。
 博士は鏡の下のひきだしを、あちこちと開いて、何かさがしているようすでしたが、やがて、クシャクシャとみだれたしらがの老婆のかつらをとりだして、手早くそれをかぶりますと、つぎには、絵の具ざらのたくさんならんでいるひきだしを開き、そこにあった絵筆をとって、鏡を見ながら、顔に何かかきはじめました。
 みるみる、鏡の中に、おそろしくしわくちゃなおばあさんの顔ができあがっていきます。まゆ毛もまっ白にそめられ、歯にはところどころ、まっ黒なうすい金属のさやのようなものがはめられて、たちまち歯ぬけばあさんの口ができあがってしまいました。
 顔のおつくりがすみますと、博士はイスから立ちあがって、壁につりさげてある衣装の中から、西洋の老婆の着るような、白っぽい上着と、ひだの多いスカートを選びだして、手ぎわよく身につけ、その上から大きな茶色の肩かけをはおりました。足には靴下もはかず、そこにあった一足の不細工(ぶさいく)な木靴をつっかけたままです。そうしてできあがった変装は、西洋の童話にある魔法使いのおばあさんそっくりでした。
 おばあさんは、からだを二つに折ったように腰をかがめ、両手をうしろにまわして、歯のない口をモグモグさせながら、ヨチヨチと歩きはじめました。
 その小部屋の、書だなとは反対がわに、小さなくぐり戸がついています。おばあさんは、それをかぎでひらいて、その向こうの穴ぐらのようなまっくらな中へ、はいっていきました。どうやらそこに地底へおりる秘密の階段があるらしく、おばあさんの姿は、コトンコトンと、一段ずつ下のほうへ、おりていくように見えました。
 お話かわって、こちらは泰二少年です。アッと思うまに、足もとの床板が消えうせてしまったような気がして、からだが、スーッと(ちゅう)にういたかと思うと、何かひどくツルツルした、公園などにあるすべり台のようなものの上に落ち、そのまま、ひじょうな早さで、下のほうへすべっていきました。
 やがて、ドシンとなにかかたいものにたたきつけられたように感じましたが、そこが穴ぐらの底でした。少しおしりのへんが痛かったくらいで、からだに別条はありませんので、すぐ立ちあがって、あたりを見まわしました。
 いま落ちてきた穴もふさがれてしまったとみえて、そこはやみ夜のようにまっくらです。ただ穴ぐらの中ほどに石でつくったいろりのようなものがあって、その中に少しばかりのたきぎが、チロチロと赤い舌を出してもえています。光といっては、ただその(ほのお)ばかりなのです。
 でも、やみに目がなれるにしたがって、穴ぐらのようすが、おぼろげにわかってきました。広さは八畳ほどもあるでしょうか、四ほうの壁は、ゴロゴロとした大きな石でつみあげてあって、地下室というよりも、大昔の穴居(けっきょ)時代の穴ぐらといった感じです。
 火のもえているいろりの上には三本の木の枝を組みあわせて、三脚のようなものが立てられ、そこにみょうななべがつりさげてあります。なべの中には何がはいっているのか、下の炎にあぶられて、ゴトゴトとにえたち、白い湯気がたちのぼっています。
 それからいろりのすぐそばに、一脚の大きな木のイスがおいてあります。これも西洋の童話にあるような奇妙な形の、古めかしいイスで、両ほうのひじ掛けがヘビの形に彫刻してあって、前から見ますと、二ひきのヘビが大きな口をあいて、今にもこちらへとびかかってきそうに思われるのです。それが、いろりのかすかな赤い炎にてらされて、生きているようにものおそろしく見えます。
 泰二君は、そんな陰気な、ものすごい穴ぐらが、東京のまん中にあろうとは思いもよりませんでした。話に聞く、暗やみの地獄へでも落ちこんだような、なんともいえぬうすきみの悪さです。それがあまりありそうもない景色なので、ひょっとしたら、おそろしい夢をみているんじゃないかしらと、うたがわれるほどでした。
 ところが、そうしてしばらく穴ぐらを見まわしているうちに、こんどは、いきなり背中につめたい水をかけられでもしたように、心の底からふるえあがるほどの、おそろしいことがおこりました。
 ふと見ますと、向こうの暗やみの中に、もうろうとして、何かしら、ほの白い物の姿があらわれたのです。泰二君は幽霊などは信じないのですけれど、でも、場所がこんなうすきみ悪い穴ぐらの中だものですから、もしや幽霊が出たのではないかと、ゾーッと身もすくむ思いでした。そのものは、やみの中を、少しずつ、少しずつこちらへ近づいてきます。近づくにしたがって、だんだんその姿がはっきり見えてきました。足で歩いているようすですから、まさか幽霊ではありますまい。しかし、これは幽霊などよりも、いっそう、おそろしく、ぶきみな姿をしています。
 銀色の針金のようなまっ白なしらがが、モジャモジャともつれ、肩のあたりまでさがっています。そのしらがの下に、うす黒いしわくちゃのおばあさんの顔が、歯のぬけた口をあいて、ニヤニヤと笑っているのです。
 上半身をおおいかくした茶色の古い肩かけの下から、ひだの多いスカートがたれ、足には、先のとがった木靴をはいています。西洋の妖婆です。魔法使いのおばあさんです。さすがの泰二君も、それを見ますと、アッと声をたてて、思わず部屋のすみへ逃げこんでしまいました。
「オホホホ……、よく来たね。いい子だから逃げるんじゃないよ。おばあさんがおもしろいお話をしてあげるからね。さあ、こちらへおいで。」妖婆は、肩かけの下から手を出して泰二君をまねきながら、ジリジリと近づいてきます。右へ逃げれば右へ、左へ逃げれば左へ、おばあさんは、泰二君の身をかわすほうへ、まるでひもで引かれてでもいるように、こんよくつきまとってくるのです。
 どこに逃げ道もない穴ぐらの中、いくら逃げまわってみても、いつかはつかまるにきまっています。泰二君は、とうとうかくごをきめました。ほとんど死にものぐるいの決心をして、まっさおな顔で、そこに立ちどまると、おばあさんを待ちかまえて、おそろしい目でにらみつけました。
「おお、いい子だ。いい子だ。おまえは男らしい子だねえ。勇気がおありだねえ。さあ、おばあさんとにらめっこをしましょう。先に笑ったほうが負けだよ。いいかい。」おばあさんは、じょうだんとも本気ともつかない、みょうなことをいって、泰二君の前に立ち、しらがのまゆ毛の下でギロギロ光っているおそろしい目で、またたきもせず泰二君の目を見つめました。
 しばらくのあいだ、なんとも形容のできない、ふしぎなにらみあいがつづきました。
 泰二君は、今にも気を失いそうになるのを、やっとがまんして、歯を食いしばって、いっしょうけんめいおばあさんをにらみかえしていましたが、おばあさんの目は、だんだん大きく見ひらかれていって、何かしら動物のような青い光をはなちはじめました。なんだかそこから、目に見えぬ電気のようなものが、泰二君のほうへとんでくるような感じです。
 やがて、目だけはするどく見ひらいたまま、おばあさんのしわくちゃの顔にうすきみの悪い微笑がうかんできました。そして、おばあさんは両手を宙にあげて、泰二君の頭の上で、何か拍子でもとるように、ゆっくりゆっくり左右に動かしはじめました。
 すると、それがあいずででもあったように、泰二君は、目の前がボーっと白くなって、おばあさんの顔が見えなくなってきました。おばあさんの顔ばかりではありません。穴ぐらの中ぜんたいが、こいもやにでも包まれたように一面にうす白くなって、頭がぼんやりしてきました。
「アッ、いけない。ぼくは、いま、おばあさんの魔法にかかっているのだ。しっかりしなけりゃいけない。」そう思って、なんども気をとりなおすのですが、やっぱりおばあさんの目から出る、電気のようなものに負けて、ウトウトと夢みごこちになるのです。
「ぼくは、ぼくは、帰るんだ。おかあさん、助けてください。」そんなわけのわからない、寝言のようなことを二言三言(ふたことみこと)つぶやいたかと思うと、かわいそうに、泰二君はとうとう気力がつきて、クナクナと、その場にたおれてしまいました。たおれてからも、むちゅうで起きあがろうとして、しばらくはもがいていましたが、その力もだんだんおとろえ、しまいには、グッタリとなって、死人のように、前後も知らずねむりこんでしまいました。
「オホホホ……、とうとうおねむりだね。催眠術の力はおそろしいねえ。さあ、いい子だから、そうしてねむりながら、わたしのいうことを、よく聞いておぼえておくのだよ。いいかい。」おばあさんは、たおれた泰二君の上に、身をかがめて、やっぱり両手は宙にうかし、ゆっくりと左右に動かしながら、何か呪文(じゅもん)でもとなえるように、クドクドとしゃべりはじめるのでした。
 泰二君は妖婆の魔法にかかったのでしょうか。いやいや、今の世に魔法なんてあるはずがありません。おばあさんがひとりごとをしたように、それは、催眠術というものの力だったのです。人を自由にねむらせ、ねむっているあいだに、いろいろなことを命令して、目をさましてから、それを実行させることができるという、あのおそろしい催眠術の力だったのです。

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