パラシュート
水上警察のおまわりさんが、ゴム人形をしらべているうちに、人形の手に、白い西洋ぶうとうがにぎらせてあるのに気がつきました。なんだろうと、それをひらいてみますと、中につぎのような手紙がはいっていました。
それを読んでおまわりさんたちは、歯ぎしりをして、くやしがりました。それにしても、「灰色の巨人」とはなにものでしょう。宝石職人にばけた賊は「灰色」でも、「巨人」でもありませんでした。黒い服をきた、ふつうの男でした。では、あの男は賊の手下で、べつに「巨人」のような大男の首領がいるのでしょうか。それにしても「灰色」とは、いったいなんのことでしょう。灰色の顔をした人間なのでしょうか。
警官たちは、いろいろ考えてみましたが、どうしてもわかりません。大きな灰色の人間なんて、なんだかばけものみたいで、じつにきみがわるいのです。
それから三十分ほどして、モーターボートのおまわりさんたちが、水上警察署へ帰りますと、すこしまえにひとりの男が、じぶんの見たふしぎなできごとを、知らせにきたことがわかりました。
その男は船頭に小さな船をこがせて、お台場の近くで、さかなをつっていたのですが、今から一時間ほどまえに頭の上を、ゾウのかたちをしたアドバルーンが、おきの方へ、飛んでいくのを見たのです。
アドバルーンの綱が切れて、こんなところまで飛んできたんだなと、めずらしがって見あげていますと、ゾウの腹の下から、サアッとなにか落ちてきて、それがパッとかさのようにひらき、ふわりふわりと海の上へおりてきました。よく見ると、パラシュートに人間がぶらさがっているのです。
アドバルーンから人間がおりてくるなんて、ふしぎなことがあるものだと、あきれていますと、むこうから、ひじょうに速力のはやいモーターボートが、波をけたててやってきました。そして、パラシュートの人間が、海に落ちるのを待ちうけて、その人間を手ばやくモーターボートの中にすくいあげました。そして、ボートは品川の方にむきをかえて、全速力でもどっていくのです。
白い波が、サアッと二つにわかれて、モーターボートはその波のあいだにかくれて、見えないほどの早さでした。白い波だけが、みるみる、むこうへ遠ざかっていくのです。そして、じきに、それも見えなくなってしまいました。
あっという間のできごとでした。その男がつりをしていたそばには、ほかにも二―三そうのつり船がいて、それを見ていたのですが、パラシュートでおりたのが宝石どろぼうとは、だれもしりませんので、そのまま、つりをつづけていたのでした。
ところが、水上警察へきた男が、いちばんはやくつりをやめて、船宿に帰ってみますと、デパートの宝石どろぼうが、アドバルーンにのって逃げたということが、わかりましたので、「さては、さっきのは、そのどろぼうだったのか。」とおどろいて、とどけにきたというわけでした。
でも、そのときは、もうモーターボートが、パラシュートの男をすくいあげて逃げさってから、一時間もたっていましたので、もうどうすることもできません。東京湾にいるモーターボートを、ぜんぶしらべて、あやしいボートを見つけるほかはないのです。警察では、すぐに、その手配をしましたが、なかなか、てがかりがつかめそうにもありませんでした。