明智探偵と小林少年
宝石商、大賞堂の主人は、灰色の巨人の手紙を見て、ふるえあがってしまいました。すぐに警察にとどけましたが、どうもそれだけでは安心ができません。そこで、おもいだしたのが、名探偵明智小五郎のことです。明智探偵には、まえに銀座のほかの店が事件をいらいして、盗難をのがれたことがあります。主人はそのときの名探偵のてなみをよく知っているので、明智探偵を、しんから尊敬しているのでした。
主人はじぶんで、明智探偵の事務所へ電話をかけました。
「わたしは銀座の大賞堂のあるじでございますが、じつは、新聞をにぎわしている灰色の巨人が、わたしの店をねらっているのです。それで、ぜひ先生のご助力をおねがいしたいのでございますが……。」
すると、電話のむこうから、明智探偵のおちついた声が聞こえてきました。
「それはご心配ですね。わたしも灰色の巨人という賊には、きょうみをもっているのです。くわしいようすをお聞きしたいものですね。」
「では、これからすぐ、おうかがいいたしましょうか。」
「いや、それよりも、わたしのほうから、お店へいきましょう。賊をふせぐためには、やはり現場を見ておくほうが、よいのですから。」
それではお待ちしますといって、電話をきりましたが、それから三十分もすると、明智探偵が助手の小林少年をつれて、大賞堂へやってきました。
すぐに応接間へとおし、お茶やおかしを出して、ていちょうにもてなし、主人は、こんやのできごとを、くわしく話しました。
「さっき警察のかたも見えまして、私服の刑事さんを、三人ほど、たえず店にはりこませてくれることになりましたが、どうもそれだけでは安心ができません。灰色の巨人というやつは、じぶんで魔法つかいだといってるくらいですから、どんなふしぎな手を使うかもしれません。そこで支配人とも相談しまして、こういうことを考えましたのですが、どんなものでございましょうか。」
主人は、そこでことばをきって、名探偵の顔を見ました。明智は話のさきを、さそうようにうなずいてみせました。
「店には十万円をこす品が、百以上ございます。それだけでも、五千万円のねうちがあるのです。で、そういう高価な品だけを、ケースから出して、ひとつにまとめて、どこかへ、かくしてしまうのです。そしてケースには、にせものを入れておくのです。ダイヤモンドはガラスのにせもの、真珠は安ものの人造真珠に、入れかえておくのです。そして、それをわざとぬすませるという考えです。十万円以下の品は、そのままにしておきましても、たいしたそんがいではありません。高価な品だけを、かくせばよいのです。この考えは、どうでございましょうか。」
「それで、どこへかくすのですか。」
「かくし場所については、また、ひとつの考えがあるのでございます。アラン=ポーの『盗まれた手紙』という小説の手で、ごくつまらないもののように見せかけて、ほうりだしておくのが、いちばん安全なかくしかただという、あの手でございますね。それで、十万円以上の宝石を、ケースから出して、ひとまとめにしますと、両手で持てるほどの、小さなかたまりになってしまいます。これを古新聞で、いくえにもつつみまして、物置きのがらくたの中へ、ほうりこんでおくのでございます。物置きには、こわれたいすや、荷づくり箱や、古い新聞などが、ごちゃごちゃはいっているのですから、けっしてめだつことはありません。まさか、そんながらくたの中に、五千万円の宝石が、ほうりこんであろうとは、だれだって、そうぞうもしませんでしょうからね。」
それを聞きますと、明智はニッコリ笑って、
「あなたは、なかなかおもしろいことをお考えになりますね。アラン=ポーの小説からのおもいつきとは、気にいりました。それでは、その手でやってごらんになるのですね。支配人さんとあなただけで、店員たちには、気づかれないようになさるほうがいいでしょう。」
明智はそういいながら、つと立ちあがって、足音をたてぬようにして、入口のドアのところへいって、そこにしばらく立っていましたが、やがて、そっとドアをひらいて、外の廊下をのぞいたかとおもうと、すぐにドアをしめて、もとの席に帰りました。そして、声をひくくして、
「さっき、ここへ、お茶を持ってきた女中さんがありますね。あの子はいつごろからいるのですか。」
とたずねました。
「あれは、ごく近ごろ、やといいれたものです。しかし、たしかな人のせわでいれたのですから、べつに心配はないと思いますが、あの子になにか……。」
「いや、いいのです。いいのです。」
明智は、そこで、主人のそばへ顔を近づけて、その耳に、なにかぼそぼそと、ささやきました。
「えっ、それじゃあ、あの話を……。」
「そうです。わたしが今いったとおりになされば、きっと、うまくいきます。むろん、わたしも、この小林君も、じゅうぶん注意して、お店を見はるつもりですからね。」
それから、その席へ年とった支配人もよびよせて、しばらく、いろいろな話をしたあとで、明智探偵と小林少年は、待たせてあった自動車にのって帰っていきました。
それから、二日めの夜、こんどは郵便で、灰色の巨人からの手紙が、大賞堂あてにとどきました。それにはこんなことが書いてあったのです。
これを読んだ主人は、かくごのうえとはいえ、やっぱり青くならないではいられませんでした。三月七日の夜といえば、あすのばんなのです。すぐに、このことを警察と、明智探偵事務所へ電話でしらせ、その夜は、ことさら厳重な見はりをすることになりました。
灰色の巨人は、この厳重な見はりの中へ、いったいどんなふうにしてやってくるのでしょう。また、大賞堂の主人の知恵は、うまく巨人をだますことができるのでしょうか。