動くコマイヌ
じっと見つめていると、石のコマイヌが動きだしたのです。右がわの方のコマイヌです。その黒い怪物のように見える石のイヌが、身動きしたのです。
少年たちは、気のせいではないかと、なおも見つめていますと、コマイヌの動きかたは、ますます、はげしくなってきました。もう気のせいではありません。たしかに、動いているのです。
少年たちは、キャッとさけんで逃げだしたいのを、じっと、がまんしていました。小林団長から、
「どんなことがおこっても、けっして、とびだしてはいけない。」
と命令されていたからです。おばけがこわくて逃げだしたといわれては、少年探偵団の名おれです。
やがて、コマイヌは、生きているように石の台からおりて、地面に立ちました。少年たちは、ギョッとして、いまにも、こちらへとびかかってくるのではないかと、木のみきのうしろで、身がまえをしました。
ところが、そのとき、じつにふしぎなことがおこったのです。コマイヌが地面にころがって、その中から、ひとりの人間が、はいだしてきたではありませんか。
石のコマイヌは、中が、からっぽになっていて、そこに、人間がかくれていたらしいのです。しかし、石のコマイヌの中が、くりぬいてあるはずはありません。
だから、コマイヌの中に、人がかくれているなんて、だれも考えなかったのです。
しかし、たしかに、コマイヌの中に人がかくれていました。しかも、その人がコマイヌをかぶって歩いたとすると、この石のイヌは、なんだか軽そうに思えます。石ではなくて、ほかのもので、できているのではないでしょうか。
でも、そんなことを、考えているひまはありませんでした。中から出てきた人間が、小さい女の子だったからです。しかも、その女の子は、サーカスで女王の役をつとめていた、あの少女と同じ服をきて、長ぐつをはいていました。そして、手になんだか、みょうな光るものを持っていました。暗い中でも、そのものだけは、遠くの街灯をはんしゃして、キラキラと光っているのです。
そのとき、ピリリリリ……と、笛の音が鳴りひびきました。社殿の床下に、かくれていた小林団長がよびこをふいたのです。
「みんな、あいつを、つかまえるんだ。あれはサーカスの女の子だっ。にじの宝冠を持っているっ。」
小林団長の声にはげまされて、少年たちは、かくればから、とび出していきました。少女は宝冠をだきしめて、表門の方へ逃げだしましたが、そちらに見はりをしていた五人の少年と、ふたりの警官がかけてくるので、おもわず、あとへひきかえす。てんでに懐中電灯をつけた少年たちが、四方から、これをとりかこむ。そこへ、うら門のほうからも、五人の少年と三人の警官がかけつけてきました。
こうして、かよわい少女は、たちまち、とらえられてしまいました。
それは、やっぱりサーカスの少女でした。手に持っていたのは「にじの宝冠」でした。
懐中電灯でてらしてみると、石のコマイヌと思ったのは、ショーウィンドーにかざってあるマネキン(人形)と同じつくりかたの、はりこのコマイヌだったことがわかりました。見たところ、石とそっくりにこしらえてあるので、昼間でも、それと気づかなかったのです。宝石どろぼうの「灰色の巨人」は、まえもって、石のコマイヌを、こんなにせものと、とりかえておいて、少女にそこへかくれるように教えたのでしょう。
しかし、明智探偵は、昼間から、それをうたがっていました。そして、じぶんがしらべるかわりに、少年探偵団に、てがらをさせるようにはからったのです。
少女は、警官に「にじの宝冠」をとりあげられて、そこに、泣きふしていました。少女はなにも知らなかったのです。わるものに、おどかされて、宝冠を持って逃げる役めをつとめたばかりでした。
そこへ、明智探偵と中村警部も、やってきました。中村警部は、宝冠がとりもどされたのを見ると、小林少年の肩をたたいて、ほめたたえました。
「やあ、えらいぞ小林君、それから少年探偵団の諸君、きみたちのおかげで、三人の犯人がつかまったし、宝冠もとりもどせた。警視総監にほうこくして、ほうびを出さなけりゃなるまいね。」
それから、明智探偵の方をむいて、
「これも、明智さんの、さしずがよかったからです。助手の小林君が、てがらをたてて、あなたもうれしいでしょうね。これで、さすがの灰色の巨人も、ぜんめつです。」
しかし、そうほめられても、明智探偵は、なんだか、うかぬ顔をして、こんなことをいうのでした。
「いや、ぜんめつしたと考えるのは、まちがいです。ほんとうの犯人は、まだつかまっていないのです。」
「えっ、つかまっていない? じゃあ、あの大男はなんです。これこそ灰色の巨人じゃありませんか。」
「いや、それが、まちがいのもとですよ。みんな、あの大男を灰色の巨人だと思いこんでいるが、どうもそうではなさそうです、ほんとうの犯人は、かげにかくれて、あんな大男をつかって、われわれを、ごまかしていたのです。ぼくは、この少女はもちろん、一寸法師も、大男も、たいした悪人じゃないと思いますよ。」
それを聞くと、中村警部や警官たちは、へんな顔をしました。犯人をとらえたと信じていたのが、そうでないといわれて、がっかりしてしまったのです。
この明智探偵の考えは、あたっていたでしょうか。そして、ほんとうの犯人というのは、いったい、どんなやつで、どこにかくれているのでしょうか。