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灰色巨人-名犬助阵
日期:2021-11-28 23:58  点击:284

名犬シャーロック


 いよいよ十一日の夜になりました。やくそくの八時すこし前に、園井さんのやしきの百メートルほど東の町かどに、一台の自動車が、ヘッドライトを消してとまっていました。運転手のほかに、うしろのせきにも、ひとりの男が乗っていました。
 自動車から三十メートルほどはなれた電柱のかげに、ひとりの男がかくれるようにして、キョロキョロあたりを見まわしていました。明智探偵や警官などが、あとをつけてくるといけないので、灰色の巨人の部下のものが、見はりをつとめているのです。
 そこは、両がわに、大きなやしきのコンクリートべいがつづいているさびしい町で、日がくれると、めったに人も通らないようなところでしたが、その暗やみの中を、向こうから、へんにヨロヨロする歩きかたで、ひとりの男が近づいてきました。
 電柱のかげの見はりのものは、その男が園井さんではないかと、じっと目をこらしましたが、よく見ると、園井さんとはにてもつかない、きたならしい、こじきみたいな男でした。それが酒によっているらしく、口の中で、なにかブツブツいいながら、ちどり足で歩いてくるのです。
 そして、電柱のまえまでくると、なにかにつまずいて、ヨロヨロと電柱のかげに、よろめいてきました。
 そこにかくれていた男は、いそいで身をよけましたが、まにあいません。よっぱらいが、ころびそうになって、なにかにつかまろうとさしだした手が、男の服をつかんでしまったのです。
 男は、「うるさいっ。」といわぬばかりに、かた手で、よっぱらいを、はらいのけようとしました。それが、いきおいあまって、なぐりつけたように感じたものですから、よっぱらいはだまっていません。
「やい、やい、なんのうらみがあって、おれをなぐりやがった。さあ、しょうちしねえぞ。けんかなら、あいてになってやらあ。さあ、出てこいっ。」
 見はりの男は、とんだやつにつかまったと思いましたが、こっちも、けんかずきの悪ものですから、たちまち、取っ組みあいがはじまってしまいました。上になり下になりの大格闘です。
 すると、そのとき、町のむこうの方から、まっ暗な、かげぼうしのようなものが、チョロチョロと走ってきて、そこにとまっている自動車のうしろに近づき、車体の下にもぐるようにして、なにかやっていたかと思うと、すぐに、そこからはいだして、またチョロチョロとかげのように、むこうの方へ走りさってしまいました。それは、子どもか一寸法師みたいに、ひどく小さいやつでした。
 ちょうどそのとき、見はりの男は、よっぱらいと取っ組みあっていたので、まったくそれに気づきませんでした。また、自動車の中のふたりも、むこうの取っ組みあいを助けにいこうか、どうしようかと、その方ばかり見ていたので、やっぱり小さなかげぼうしのことは、すこしも知らなかったのです。
 小さなかげぼうしが走りさってしまうと、いままで取っ組みあっていた、よっぱらいが、とつぜん、さっと身をひいて、そのまま、逃げるように走りだし、見はりの男が、あっけにとられているうちに、むこうのやみの中へ、姿を消してしまいました。
 あのよっぱらいと、小さなかげぼうしとは、なかまだったのでしょうか。かげぼうしが自動車の下にもぐりこんで、なにかやるあいだ、見はりの男の注意を、そらしておくために、よっぱらいのまねをして、けんかを、ふっかけたのではないでしょうか。もしそうだとすると、あのよっぱらいとかげぼうしは、いったい、なにものだったのでしょう。
 それはともかく、いっぽう、園井さんは、やくそくの八時になると、「にじの宝冠」を、明智のおいていった黒ぬりの箱にいれて、それをこわきにかかえて、門の前から、東へ百メートルほど歩いていきますと、そこに、ヘッドライトを消した自動車がとまっていました。それは、さっき、よっぱらいが、けんかをした、すこしあとのことです。
 園井さんが自動車に近づくと、ヘッドライトが、パッパッと、二―三度、ついたり、消えたりしました。これが灰色の巨人の車だという、あいずでした。
 そして、自動車のドアが、スーッと開き、中にいた男が手を出して、園井さんを引っぱりこむようにしました。いまさら逃げるわけにもいきませんので、引かれるままに中へはいりますと、ドアがしまり自動車は走りだしました。
「ちょっときゅうくつだが、目かくしをさせてもらいますよ。」
 灰色の巨人の手下らしい男が、そういって、黒い手ぬぐいのようなもので、園井さんの目のところをしばってしまいました。園井さんに、いく先をさとられない用心です。
 その自動車が、どこかへ走りさってしまって、五分ほどすると、うしろの方から、また、べつの自動車がやってきました。そして、灰色の巨人の自動車がとまっていたへんで、ピッタリ停車しました。
 見ると、その運転席には、明智探偵がハンドルをにぎっています。うしろの客席には、小林少年と、大きなシェパードのイヌがのっていました。
 明智は、車をとめると、注意ぶかくあたりを見まわして、あやしいものがいないことを、たしかめてから、自動車のそとに出ました。それを見ると、小林少年も、シェパードの綱を引いて、車からおりました。
「シャーロック、しっかりやってくれよ。こんやは、おまえが主人公だ。うまくいくかいかないか、おまえのはなしだいなんだぞ。」
 明智探偵はイヌの頭をたたいていい聞かせました。シャーロックというのは、このシェパードの名まえです。明智が知りあいの愛犬家から借りだしてきたもので、警視庁にもよく知られた有名な探偵犬なのです。ですから名まえも、名探偵シャーロック=ホームズにちなんで、シャーロックとつけられていました。
「小林君、あれを。」
 明智がいいますと、小林少年は、自動車のゆかにおいてあった、黒いドロドロしたもののついたぬのを指でつまんで、シャーロックのはなの前に持っていきました。プーンと、コールタールのはげしいにおいがします。
 シャーロックは、そのコールタールをしませたぬのを、はなをクンクンいわせながら、しばらく、かいでいましたが、「もうわかりました。」というように、首をそむけるのをあいずに、小林君は、そのぬのを、もとの自動車の中にもどしました。
 それから、イヌの首につないだ綱をにぎって、そのへんの地面をかがせましたが、あちこち歩いているうちに、シャーロックは、さっきのぬのと同じにおいをかぎつけたらしく、にわかにはりきって、はなを地面に近づけたまま走りだしそうにしました。綱がぴんとはって、そのはじをにぎっている小林君は、うっかりすると、ずるずると、引きずられそうです。
「よし、綱を車の前にしばりつけたまえ。」
 明智のさしずで、小林少年は、自動車の前にイヌの綱をくくりつけました。そうしておいて、ふたりは車の中にもどり、明智はハンドルをにぎり、小林君は、客席においてあった、黒い四角なふろしきづつみを、だいじそうに、ひざの上にのせました。
 明智も小林少年も、まっ黒なつめえりの服をきて、黒いくつ下に、黒いくつをはいていました。顔と手のほかは、全身まっ黒なのです。
 ふたりは、どうして、そんなまっ黒な服をきていたのでしょう。また、小林君がひざの上にのせている、四角な黒いふろしきづつみは、いったい、なんだったでしょうか。読者諸君は、きっと、もうおわかりでしょうね。
 探偵犬シャーロックは、地面にはなをくっつけて、ぐんぐん前に進もうと、あせっています。運転席についた明智は、ゆっくりと自動車を動かせました。シャーロックは、よろこんで走りだします。地面のにおいをかいで、どこまでも、どこまでも、そのあとを追っていくのです。
 そのにおいは、さっき小林少年にかがされたコールタールと、おなじにおいにちがいありません。では、どうして、そんなにおいが、地面についているのでしょうか。
 それは、「人間(ひょう)」の事件で、明智探偵が発明した「黒い糸」という、自動車のあとをつけるしかけでした。大きなブリキかんに、コールタールをいっぱいいれて、そのかんのそこに、はりで、ごく小さな穴をあけておくのです。そして、そのブリキかんを、自動車の車体の下へ、はりがねでくくりつけておくのです。
 すると、コールタールが、かんのそこのはりの穴から、細い糸のように流れだし、自動車が進むにつれて、地面に、目にも見えないコールタールのほそい線が、どこまでも、つづいていくのです。そのかんには、四―五十分はもつほどの、コールタールがはいっていました。
 探偵犬シャーロックの鋭敏なはなは、その糸のようにほそい、コールタールのにおいをかぎわけて、灰色の巨人の自動車のあとを追っているのです。
 では、そのブリキかんを、だれが、いつのまに、賊の自動車に、くくりつけたのでしょうか。それはさっきの、ちいさなかげぼうしでした。つまり、小林少年だったのです。そして、見はりの男の注意をそらすために、よっぱらいのまねをしたのは、ほかならぬ明智探偵そのひとでした。

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