怪獣と宝石
美宝堂の怪事件があってから三日めのことです。またしても、銀座通りの商店に、恐ろしいことがおこりました。こんどは美術商でなくて、宝石商の店に、とつぜん、黄金のがあらわれたのです。
それは有名な宝石商で、広い店の中には、たくさんの大きなガラスの陳列棚がならんでいて、そのガラス=ケースのあいだを、お客さまが、自由に歩けるようになっていました。
夜の八時ごろのことです。店の中には、十何人の男や女のお客さまがあり、七人の店員が、それらのお客さまに、ケースの中から、宝石のブローチや、くびかざりなどを取りだして見せているのでした。すると、ひとりの女のお客さまが、店のむこうのすみの方を見て、へんな顔をして店員にききました。
「アラッ、あれなんですの? あっちのケースのむこうに、なんだか金色の大きなものが、動いているわ。」
店員は、びっくりして、そのほうをながめました。
ほんとうに、ピカピカ光る金色の大きなものが、ケースのむこうに動いています。ケースのガラスが、電灯を反射しているので、そのむこうがわは、はっきり見えませんが、たしかに、えたいの知れぬへんなものが、動いているのです。
その店員と、女のお客さまが、じっと、そのほうを見つめているので、ほかの店員やお客さまたちも、同じ方角へ目をやりました。
「キャーッ。」
恐ろしい悲鳴がおこりました。ふたりの女のお客さまが叫んだのです。そしてまるで大地震でもおこったように、店員もお客さまも、みんな、先をあらそって、店の外へ逃げだしました。
最後に外へ出た店員が、入口のガラスのドアを、ぴったりしめて、そのガラスごしに、店の中をのぞきましたが、すると、ピカピカ金色に光る一ぴきの豹が、ガラス=ケースの一つに二本の前足をのせ、立ちすがたになって、ケースの上に上半身をあらわし、恐ろしい目つきで、こちらをにらみつけていたではありませんか。
店員のひとりは、となりの店の電話をかりて、警察へ、このことを知らせました。
近所の店は、あわてておもての戸をしめますし、銀座を歩いていた人たちも、宝石商の前から逃げだし、そのへんいったいは、ま夜中のように、がらんとしてしまいました。
勇敢なやじうまが十人ばかり、宝石商の店員といっしょに、しめきったガラス戸のすみから店内をのぞいています。
すると黄金の豹が、ふしぎなことをはじめました。ガラス=ケースの戸を開いて、中のガラス板の上にならべてある、ダイヤのブローチやのくびかざりなどを、一つ一つ、前足ではさんでは、自分の口の中へ入れているのです。黄金の豹は、宝石をたべているのです。
みな、何十万円、何百万円という、高価な品物ばかりです。豹は、それをつぎからつぎへと、たべていくのです。
「アッ、いけない。あいつ、店じゅうの宝石を、みんなたべてしまうかもしれない。だが、宝石をたべる豹なんて、聞いたこともないぞ……。」
外から、のぞいている店員たちが、ささやきあいました。外にバタバタとくつ音がして、五人の警官が、手に手にピストルをにぎって、かけつけてきました。
警官たちは、宝石商の前にくると、ガラスのドアから、中をのぞきました。
「アッ。あいつだッ。このあいだの金色のやつだ。きみ、ここをあけたまえ。こんどこそ、ピストルでうち殺してやる。」
店員が、ドアを開きました。五人の警官が、先をあらそって、店の中へとびこんでいきました。
しかし、黄金の豹は、警官よりもすばやかったのです。ドアがあいたのを見ると、豹は宝石をたべることをやめて、パッと身をひるがえしたかと思うと、店の奥のほうへとびこんでいきました。そこに、お客さまと応対をする、特別の部屋があります。豹はその部屋へとびこんで、あと足で、パタンと、ドアをしめてしまったのです。
警官たちは、ドアの前にかけつけて、それを開こうとしましたが、強くしめたはずみに、かけがねがおりてしまったのか、どうしても開きません。
「しかたがない。ドアをやぶろう。」
警官のひとりが、あたりでドアにぶつかっていきました。それを、なんどもくりかえしていると、メリメリと音がして、ドアの板がやぶれました。警官はそこから手を入れて、かけがねをはずし、パッとドアを開いて、部屋の中になだれこんでいきました。
部屋の中はからっぽでした。しかも、たった一つの窓は、ぴったりしまって、うらがわに、かけがねがかけてあり、そのうえガラス戸の外に、太い鉄ぼうが、こうしのようにはめてあるのです。
やっぱり、まぼろしの豹でした。
あの金色の怪物は、この部屋の中で、のように消えうせてしまったのです。豹がたべたたくさんの宝石も、そのままなくなってしまいました。
しかし、一ぴきの大きな動物が、出口のまったくない部屋の中から、消えうせてしまうなんて、ありえないことです。
これには、なにか秘密があるのです。思いもよらないトリックが、使われたのにちがいありません。