怪獣と札たば
宝石商の怪事件は、つぎの日の新聞に、でかでかとのせられ、東京じゅうの人を、ふるえあがらせました。
ただの豹が町にあらわれただけでも、大さわぎになるのに、これは金色にかがやく、ふしぎな豹なのです。しかも、そいつが、忍術使いのように消えうせてしまうのです。自由に消えられるとすれば、はんたいにまた、どこへでも、自由にあらわれることができるにちがいありません。
それを考えると、東京都民は、おちおち、ねむることもできないのでした。
さて、宝石商事件から二日めの午後のことです。こんどは、黄金豹は、日本橋の江戸銀行にあらわれました。
銀行がしまるすこしまえに、ひとりの老紳士が紹介状を持って、支配人をたずねてきました。まっ黒な服をきて、大きなめがねをかけ、白いあごひげのある六十ぐらいの、やさしい顔をした老人です。
支配人は、ほかに客があったので、しばらく応接室で待ってもらうことにしました。
女事務員が、老人を応接室に案内して、ドアをしめて、たちさりますと、老人は横丁のほうに開いている窓のそばへいって、そっとそれをあけると、ヒューッ、ヒューッと、みょうなふしで口ぶえを吹きました。なにものかを、口ぶえで呼んでいるらしいのです。……それから、そこで、どんなことがおこったか? だれひとり、それを見たものはありません。
こちらは銀行の支配人です。やっと客が帰っていったので、老人を待たせてある応接室へいそぎました。そして、なにげなくドアを開いて、部屋にはいろうとしたとき、支配人は、「アッ!」と声をたてて、いきなり、廊下へ逃げだしました。
支配人は、いったい、なにを見たのでしょう。
応接室のまん中に、テーブルがあり、そのむこうに、イスがありました。そのイスに、一ぴきの金色の豹がこしかけて、テーブルの上に、二本の前足をのせ、青く光る目で、じっと、こちらをにらんでいたのです。つまり、さっきの白ひげの老紳士が、いつのまにか、黄金の豹にかわってしまったのです。
「黄金の豹だあ! たすけてくれえ!」
支配人は、そんなことをわめきながら、廊下を走っていました。
すると、そのうしろから、あの豹が、応接室を出て、のそのそと、ついてくるのです。
天井の高い銀行の中央部には、何十人という事務員が、机をならべて仕事をしていました。支配人はそこへかけこむと、ひとりの事務員に、
「きみ、たいへんだ。応接室に黄金豹がいるんだ。すぐに、警察へ電話してくれたまえ。」
とどなりました。
その声に、何十人の事務員が、いっせいに、支配人のほうをふりむきましたが、その支配人のすぐうしろから、金色の豹が、のそのそ歩いてくるのを見ると、みんな、「ワアッ。」といって、席を立ち、イスをひっくりかえして逃げだしました。
支配人は、そのさわぎに、ギョッとしてふりむくと、黄金豹が、すぐうしろにいることがわかり、これも、「ワアッ。」と叫んで、机のあいだを、いちもくさんに走りだしました。
黄金豹は、ヒョイと机の上へとびあがって、机から机へとわたりながら、みんなの逃げたほうへ、近づいてくるのです。
豹は、銀行の中を、じゅうおうに歩きまわりました。のそのそ歩いているかと思うと、パッと机から机へとびうつり、くるったようにかけだして金庫室へとびこんだりします。
事務員たちは、「ワアッ、ワアッ。」といって、あちらこちらと、逃げまわるばかりです。
そのうちに黄金豹は、なにを思ったのか、事務室をあとにして、廊下から二階への階段をかけあがっていきました。二階には、会議室や重役室があるのです。
電話交換台の女事務員は、重役室に電話をかけて、「ドアをしめきって、豹をいれないようにしてください。」とつたえました。
しばらくすると、ひとりの重役が、階段の上に、すがたをあらわしました。
「おい、きみたち、豹はどこへいったんだ。いつまでもドアをしめておくわけにいかないので、ソッとあけて、そのへんをしらべてみたが、豹なんて、どこにもいやしないぜ。」
下にむらがっている事務員たちに、よびかけました。
そこで、みんなが、おずおず階段をあがって、二階じゅうの部屋をしらべてみましたが、豹はどこにもいないのです。階段はいくつもありますから、人のいない裏の階段をおりて、外へ出ていったのかもしれませんが、外はまだ明るいのです。あの金色の豹が、人目につかぬはずはありません。
みな銀行の外に出て、おもて通り、うら通りとさがしまわり、そのへんにいる自動車の運転手などにたずねてみましたが、だれも豹を見たものはないのです。
まぼろしの豹は、またしても、煙のように消えうせました。いや、そればかりではありません。
「おうい、たいへんだあ。百万円の札たばが十個、なくなっているぞ!」
金庫室の中をしらべていたひとりの事務員が、そこからとびだしてきました。
その事務員は、豹があらわれるまえに金庫室で、札たばの整理をしていたのですから、そこに一千万円の札たばが、おいてあることをよく知っていました。それが、あとかたもなく消えていたのです。
黄金豹はその金庫室へもはいりましたが、まさか百万円のたばを、十個もたべてしまったわけではないでしょう。そんなに長くは、はいっていなかったのです。
しばらくすると、十数名の警官がかけつけてきました。そして、銀行の中を、くまなくしらべましたが、黄金豹も、一千万円の札たばも、どこからも発見されませんでした。
怪獣も札たばも、煙のように消えうせてしまったのです。