怪獣と二少年
銀行事件のあくる日の夜、名探偵明智小五郎の少年助手で、また、少年探偵団の団長をつとめている小林芳雄君は、友だちの園田武夫君をたずねて、その勉強べやで、話をしていました。
園田君は中学一年生で、団員の中ではいちばんかしこくて、勇気のある少年でしたから、副団長にえらばれ、小林君の相談あいてになっているのでした。
園田君のおうちは、麹町六番町の、しずかなやしき町にあり、明智探偵事務所からも、そんなに遠くないのです。
園田君のおとうさんは、ある会社の重役で、そのおうちは、なかなか大きく、庭もひろびろとしていました。
園田君の勉強べやは、六じょうほどの洋室で、窓ぎわに机がおいてあり、そのガラス窓の外は、立木の多い広い庭になっているのです。
ふたりはいま、まぼろしの豹のことを、話していました。
「その白ひげのじいさんっていうのが、あやしいね。月夜のばんに中学生が見たという金色の豹は、屋根からとびおりて、町かどをまがると消えてしまった。そしてむこうから白ひげのじいさんが歩いてきたんだろう。それから、銀座の美術商から逃げだした豹は、築地の西洋館の塀の中へ、とびこんでいった。そして消えてしまったが、その西洋館には、白ひげのネコじいさんが、すんでいた。きのうの銀行の事件だって、そうだよ。やっぱり白ひげのじいさんが、支配人をたずねてきて、応接室に待っているあいだに、金色の豹にかわってしまった。ね、そうだろう。だから、ぼくは、あの築地のネコじいさんのところへ、なにかに変装して、しのびこんでやろうかと思っているんだよ。」
小林団長がいいますと、園田少年もうなずいて、
「うん、ぼくも、ネコじいさんがあやしいと思う。しかし、あのじいさんと、金色の豹とどういう関係があるんだろう。まさか、あのじいさんが、金色の毛がわをかぶって、豹に化けるんじゃあるまいね。」
「ぼくも、それを考えてみた。しかし、そんなことはできっこないよ。人間の足は、豹の足よりも長いし、それに、まがりかたがちがっているからね。人間が四つんばいになると、ひざで歩くだろう。そうすると、ひざから足のさきまでが、余分になって、うしろへひきずるわけだね。だから、とてもごまかせるもんじゃない。まっ暗な夜なら、どうかわからないが、美術商のときも、銀行のときも、まだ明るい夕がただったからね。そして、長い時間、おおぜいの人に見られているんだから、とてもごまかせやしない。あれは、やっぱり豹にちがいないよ。金色に光っているのは、金のこなをにかわでといて、ぬったのかもしれない。黄金の豹なんて、いかにも、きみが悪いからね。みんなを、おどかすために、そんなことをやったのかもしれない。」
「だが、あの豹は、どうして、煙のように消えてしまうんだろう。そこがわからないよ。じいさんが毛がわをきて、化けているのなら、消えたりあらわれたりするのも、わけはないけれども、そうじゃないとすると、じつにふしぎだね。やっぱり、お化けの、まぼろしの豹かしら。」
園田君が、そういったときでした。どこかで、「えへへへ……。」という、いやな笑い声がしました。
二少年は、それを聞くと、ハッとしたように顔を見あわせました。部屋には、ふたりのほかに、だれもいません。では、ドアの外の廊下に、なにものかがいるのでしょうか。
園田君は、すばやく立っていって、パッとドアを開きました。廊下には、明るい電灯がついています。その電灯の光の中には、だれもいないのです。ねんのために、まがり角まで走っていって、むこうを見ましたが、そこにも人かげはありません。
「だれもいないよ。へんだなあ。たしかに、笑い声だったねえ。」
「うん、廊下でないとすると、もしかしたら、この窓の外じゃないかしら。」
小林君は、そういいながら、広い庭に面したガラス窓を、開いてみました。
庭は、まっ暗です。窓からの電灯の光が、四かくに地面をてらしていますが、そのほかは、すみを流したような暗さです。
「庭にも、だれもいないようだね。」
そういって、ガラス窓をしめようとしたときです。またしても、
「えへへへ……。」
と、うすきみの悪い笑い声が、こんどはまえよりも、もっと大きく聞こえてきました。
「アッ! あれはなんだろう。」
園田君が、おしころしたような声でいいました。
闇の中に、キラキラ光るものが、うごめいていたのです。
そいつが、スーッと、こちらへ近づいてきました。そして、窓からの光の中にはいったのです。
「アッ!」
二少年の口から、恐怖の叫び声が、ほとばしりました。
そこには、一ぴきの、大きな金色の豹が、ニューッと、あと足で、立ちあがっていたではありませんか……。